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総合職か一般職か……ネガティブな未来予測から導いた驚きの就活メソッド 第16話 武器のない就活戦記

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 そんな気分を維持したままいよいよ就活が始まった。すっかり優等生気分の私は、先生や先輩たちのアドバイスである「とにかく最初はいろんな企業や業界を見てみること」に従い、合同説明会では興味の有無を問わずいろいろな企業を見た。また、ゼミには留学経験のある人も数人いて、彼らは海外と行き来するような仕事も視野に入れているので、なんだか私も海外に行かなくてはと思ったりした。せっかくアルゼンチンに行ったのだから、これを面接でアピールしない手はない。アルゼンチンで1ヶ月実習した、これはきっと武器になる。
 武器になる、強みになる、今もよくビジネス関連の本や記事で見かける言葉だと思うが、就活中はやたら耳にした。漫然と物事を選んではいけない。就職で武器になるような、社会に出たら自分の強みになるような、そういう本を読み、そういう経験をし、そういう知り合いを作れ。それができなかったということは、ダメな奴ということ、就職なんかできない。それを踏まえれば、私は進学そのものも含め漫然と人生を歩んできたのでダメな奴に決まっている。それを裏付けるように当然ながらエントリーシートも通らない。憧れだった映画配給会社はそもそも採用を行なっておらず、大手の映画制作会社は説明会すら予約が取れない。唯一、調味料メーカーの海外営業部を希望して送ったエントリーシートは通過し、その時は「やっぱりアルゼンチンに行った経験が生きた」と鼻高々だった。志望動機にも、「アルゼンチンの日系コミュニティに日本の美味しい醤油を届けたい」だのと書き連ねたが、正直言って自分にそんな仕事が務まるとは思えない。
 海外に行って、バリバリコミュニケーションをとって、なんかあとはよくわからないがきっと物をたくさん売るのだろう。そもそも私の営業というものへのイメージがその程度だった。よくわからないが明るくハキハキ面白く、イケてるビジネスパーソンに気に入られながら“コミュ力”を生かして物を買ってもらう。そしてそういう上司や同僚の仲間入りをするために、当時ならホリエモンの本とか読んで人脈作りと社会的な地位を上げていくことを楽しんで、ビジネス的にアリかナシかという価値基準を重んじながらウェイウェイやっていく。そういう偏見のようなイメージしかなく、実際の仕事内容などもよくわかっていなかった。
 就活で選べるのは総合職と一般職である。東京で一人暮らしをするなら、給料的に一般職より総合職を選ばないと暮らしていけなさそうだが、私は総合職に抵抗があった。転勤ありきという部分に引っかかる。なぜなら私の就活時点での第一目標は東京残留だから。親元から離れたままでいたいのと、友人たちも東京で働いているのでとりあえず東京に残りたい。それに自分の性格的に、新しい土地で知り合いなどを増やしていくなんてやっぱり無理だろう。転勤という言葉に、極端だが知らない田んぼ道でポツンと突っ立っている自分が浮かんだ。

 そして最も大きな問題は、総合職って忙しくて創作する時間がないんじゃないか、という点だった。これは本当におかしな話なのだが、私は大学時代に漫画やイラストを描くこともなかったし、美術系のサークルなどにも入っていなかったし、創作的なことは何もしていなかった。にもかかわらず、営業職の説明会や面接のたびに労働時間の長さを、仕事が与える体力的、精神的負荷を最も気にしていた。働いて体を壊すことも恐れていたし、鬱になって社会復帰ができなくなることも恐れていたし、アホな心配ではあるが、営業が楽しすぎて創作をしなくなったらどうしようという観点からも恐れていた。創作をしなくなったらも何も、今だって何もしていないのに。
 ちなみに、デザイン関係の仕事にも憧れたが、寮で隣の部屋になった子の経験から回避した。彼女は短大だったのですぐに就活が始まり、理系専攻ではあるが文化的なものが好きなので小さなデザイン会社の面接にもトライしたらしい。そこではいわゆる圧迫面接が行われ、彼女は面接官から「君、土下座できる?」と言われたそうだ。続けて「君みたいに、絵の勉強もしてこなかった子なら、そのくらいできないとダメだよ」と言われて終了したと聞き、その本当にあった怖い話に悲鳴をあげたのを覚えている。そりゃ、絵の勉強をしていないのに、専攻と違うのに、なんでウチを受けるの?というのは当然の疑問である。自分が何をやりたいかくらい大学進学時点でわかっておけというのはその通りだし、憧れだけで受ける私のような人も後を絶たないのだろう。そういう圧迫面接で心が壊れるような事態は避けたい。絶対に立ち直れないし、創作意欲すら打ち砕かれるだろう。
 そうなると総合職に加え、クリエイティブ系の職種も選択肢から消えた。消えたも何も、どこも受かっていないのだが。

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 春になると続々と内定をもらう人が増え、周囲には早々に二つ以上内定をもらってどこを蹴るかなどと悩み始める人もいる。私はまだ一般職を受けていいのか悩み、そのまま就活自体ストップした挙句、不安になって不眠症のようになっていた。もう嫌だ。正直、働きたい会社なんてない。就職したいというより就活を終わらせたい。
 ある日、同じく就活がうまく行っていない友人が「女で営業やるやつなんてほとんどいないらしいよ?」と言った。私はそれを好意的に受け止め、ついに一般職志望に切り替えた。みんなが一般職なら私も一般職でいい。給料はネックだが、こうなったら仕事が忙しくなく残業がなさそうで早く帰れそうで休みも取れそうなところにしよう。だからうっかり激務な会社の一般職になっては意味がない。当時は残業に関しての質問をするのは憚られたので、“みん就”などを参考にする。そんな風に仕事を探しながら屈辱的な気持ちにもなっていた。私は実家に帰りたくないし、母に対して反発心があるはずだった。しかし、ずっと言われてきた「公務員になりなさい」「民間は大変」「暦通りに休める仕事が一番いいの」という言葉通りの仕事を探している。結局、夏を目前にやっと金融機関の内定をもらい、就活を終えた。もちろん大手銀行ではない。内定の報告をした時の両親の反応を今でも覚えている。
 私はなんだかんだ、公務員ではないが親の希望する堅そうで潰れなさそうな、土日休みの会社に受かったのだから喜ぶだろうと思っていた。しかし、内定をなるべく嬉しそうに報告するも「ああ……、へえ、おめでとう」と、なんだか少しがっかりした様子だった。それは地元に帰らないからか、それとも、東京の大学まで行かせたのに、地元にもあるありふれた職種に落ち着いたことへの落胆だろうか。

イラスト:冬野梅子
イラスト:冬野梅子

次回は9月18日(水)公開予定です。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
最新刊は『スルーロマンス』(講談社)全5巻。

Twitter @umek3o

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