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一発で12万円! バブル期の信じられないタクシーの使い方

タクシードライバーの職務経験を持つノンフィクション作家・矢貫隆さんが、ご自身ふくめて様々な背景を持つ多くのタクシードライバーたちの人生を徹底取材して描いた、ドラマティック・ノンフィクション『いつも鏡を見てる』
日経新聞などの書評欄でも紹介された、昭和・平成・令和を貫くタクシードライバーたちの物語を、期間限定で全文無料公開します!(不定期連載)

前回に続き、舞台は「バブル期の東京」です。20代のタクシードライバー・磯部健一は、バブル経済の渦中ならではの体験をします。

いつも鏡を見てる 第8話

株価高騰・暴落 1991年6月4日

 田園調布を模した街造りだと聞いたことがあるが、言われてみれば、何本もの欅とヒマラヤ杉の大木が駅前のロータリーにそびえ、そこを中心に放射状に道が延びていて確かに田園調布っぽい雰囲気はあるかもしれない。24時28分発の志木行き最終電車が走りだし、池袋からの下り電車は成増行きがあと二本だけ。さっきの天気予報が「現在の東京の気温は18.6度」と言っていた。駅舎の蛍光灯は駅前のロータリーまで明るく照らしているが、それでも、見上げればいくつもの星が見えるほどだ。この気候と空模様ではタクシーに乗る客は少ないだろうし、待ったところで行き先は初乗り料金の520円で着く近所と相場は決まっている。いつもなら都心でロングの客を捕まえている時間なのに、運転手仲間との長話のあげく営業所の最寄りの駅、東武東上線のときわ台駅北口ロータリーのタクシー乗り場で付け待ちを決め込んだ磯辺健一だった。この時点で水揚げは3万円と少し。都心で仕事をしているのであれば可もなく不可もない数字だが、ときわ台での営業ではまずい。磯辺は今夜の自らの仕事っぷりの悪さに呆れていた。ここのところ一出番の水揚げは平均すると7万5000円ほどだろうか。でも、今日はさすがにだめかもしれないと半ば諦めの気持ちで付け待ちの列に並んでいる。

 先頭から数えて9台目。無線が鳴ったのは、この位置だと43分の電車が着いても自分まで順番はまわってこないかもしれないと勘定をしているときである。

「浅草。15分から20分。西浅草」

 オペレーターが同じフレーズを二回繰り返したところで磯辺は慌てて無線を取った。ときわ台から浅草まで、すっ飛ばしたところで二〇分で着くはずもないが、「15分から20分」という少しばかり長めの時間指定を聞いた瞬間、いい仕事だとぴんときたのだ。

「イチサンゴーゴー、20分」

 言うが早いか走りだす。自分の無線番号1355をオペレーターに告げたマイクを握ったまま、配車完了の声を聞く前に磯辺のタクシーは板橋本町の交差点へと続くエスビー通(富士見街道)に向かっていた。

 西浅草までの最短ルートが勝手に頭に浮かんでくる。板橋本町から十条か西巣鴨、飛鳥山からは京浜東北線と並行する細い道を通って言問通りまででれば、あとはそこを真っ直ぐ行って西浅草。最短時間で目的地に辿り着くには、首都高を使うより、こっちだが、それにしたって「20分」ではとうてい無理だ。少し遅れそうだと無線で伝えようとして、他車に聞かれるのが嫌で、やめた。西巣鴨の交差点を左折し、明治通りの赤信号で停まったとき、磯辺は、買ったばかりの携帯電話で無線室へと連絡を入れている。NTTドコモが折りたたみ式で超小型の携帯電話を発売したのが一か月前。少しばかり高いとは思ったが、一般の電話だって同じくらいの加入料が必要なのだから、と、2週間も悩んだ末に買ったムーバである。

「予約の電話をしてきたのは日本交通の単独チケットを利用する客だから他社の空車を拾う心配はない。少しくらい遅れても大丈夫だ」という趣旨をオペレーターは電話口で言い、その客との待ち合わせ場所は西浅草三丁目の交差点の角だと伝えてきた。そこで客をピックアップした磯辺健一が東名高速に向けて首都高を走りだすまでに、それから30分もかかっていない。

「ちょっと遠いんだけど静岡県まで行ってもらいたいんですよ。静岡駅まで」

 グレーのスーツを着て黒いアタッシュケースを右手に提げた男は、磯辺のクルマに乗り込むなり忙しく右手を動かしてネクタイを緩めながら目的地を告げた。40代半ばくらいの、身なりから判断すると会社員ふうのその男、たいそうな物言いではなく事も無げに「静岡駅まで」と言うあたりは、タクシーでの長距離移動の経験が一度や二度ではないのかもしれないと思わせるものだった。

「静岡駅ですね」

 念を押すように行き先を確認し、腹のうちで「運賃は4万か、いや、もうちょっといくかもしれない。いずれにしても今日の水揚げはこれ一発でOKだ」と皮算用しながら走りだす磯辺だった。カーラジオから聞こえてくる終わりかけの深夜のニュースは「雲仙の普賢岳が噴火して大規模火砕流が発生、多数の行方不明者がでている」と伝え、男のアナウンサーが「きのうの日経平均株価の終値は2万5913円でした」と淡々とした口調で言っている。タクシー運転手になりたての頃、1万3000円前後だった株価はいつの間にか2万円台になり、1年で9000円も上がった88年の暮れには3万円台をつけた。年が明けてすぐに天皇が崩御し世の中に自粛ムードが広がったが、それでも株価が下がることはなくその年の末には3万8916円にまで上がっている。株にはまるで興味がない磯辺だけれど、気前よくタクシー代を使う深夜の客の多さや繁華街で飛び交うタクシーチケットは、上がり続けている株価のおかげだとは認識していた。それと同時に、ニューヨークのエンパイアステートビルを買っただのジャパンマネーが海外の資産を買い漁っているだのというニュースを耳にすると、いまの日本って、まるで成り金だな、とも思う。その〝上がり続けた株価〟が、今年に入って半年もしないうちに1万円も値を下げた。「株価暴落」は「景気の悪化」と同義語のはずだが、どうもいまの世の中はそうなっていないのかもしれない。新聞のどこにも「不況」の文字は見当たらないし、誰かがそんなことを言ったという話も聞こえてこない。夜の繁華街の賑わいに少しの陰りも見えないし、企業のタクシーの使い方は相変わらず派手なまま続いている。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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