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いつも鏡を見てる

運賃値上げは「日本列島改造論」から始まった?

タクシードライバーの職務経験を持つノンフィクション作家・矢貫隆さんが、ご自身ふくめて様々な背景を持つ多くのタクシードライバーたちの人生を徹底取材して描いた、ドラマティック・ノンフィクション『いつも鏡を見てる』
日経新聞などの書評欄でも紹介された、昭和・平成・令和を貫くタクシードライバーたちの物語を、期間限定で全文無料公開します!(不定期連載)

前回に続き、舞台は「1970年代の京都」です。「俺」はタクシー運転手の一人として、当時の石油危機と物価の高騰に翻弄されていきます。

いつも鏡を見てる 第4話

狂乱物価 1973年11月26日

 圓通寺の庭を眺めるようになったきっかけは、まるで覚えていないけれど、おそらく、客を乗せて行ったついでに、どれ、俺も、と、そんなところだろう。

 臨済宗の禅寺だが、そもそもを辿れば上皇となった後水尾天皇が寛永16年(1639年)に造営した山荘、幡枝御殿である。江戸時代の初期、徳川三代将軍、家光の時代。その頃の岩倉、幡枝といえば都の北の辺境で、鞍馬街道にほど近い、そんな山深い幡枝に山荘を造ったのは比叡山を借景に得るためだった。上皇は比叡山がもっとも美しく見える地を探し求め、辿り着いたのが、ここ幡枝だったのだといまに伝えられている。眺望が開けた東に目を向けると、比叡山の、どんとした山容が映るのだ。

 縁側ではなく、部屋の真ん中に座り、軒先や柱までも景色の一部として入れ込んで眺めてこその借景庭園だと理解できるようになったのは、ここに足を運びはじめて何度目くらいだったろうか。誰に教えられたわけでなく、そうやって眺める風景には、切り取った絵と錯覚してしまいそうな瞬間さえあることに気がついた。

 映像を取り込んだフィルムの縁のごとく借景の上下が真っ黒なのは、逆光が軒先と畳をそう見せているせいだ。黒く映った柱はフィルムのコマのようでもあり、その向こうに苔に覆われた枯山水の庭。大小いくつもの庭石は上皇が自ら配したのだという。そこを取り囲む、きれいに刈り込まれた生け垣。そして、数本の杉や檜の木立を通して見えるのは、稜線を左右に大きく広げた比叡山である。二軒目に入ったバーで、水割りを飲みながら「円通寺ってどないやの」と聞いたみやびさんを思いだした。雅で飲んだ観光客が円通寺がよかったと言ったとかで、自分も行ってみたいとみやびさんは話した。そのうちいっしょに行ってみようと俺は言った。ここにくると、いつも同じ位置に座り、そのたびに、比叡山ってここからはこんなに大きく見えるんだなと感心する。庭園に限ってみれば、俺は、京都の寺社ではここがいちばん好きかもしれない、と、いつもの場所に正座して、これまで何べん思ったろうか。

タクシー会社の賃金システム

 見頃は過ぎてしまったけれど、それでも紅葉の季節の日曜日とあって観光客の姿が先月より多いような気がした。ただ、京都駅のタクシー乗り場でヤサカの運転手と立ち話をしたとき、彼が口にした「人が少ないのとちゃうか」が少しばかり引っかかる。「石油危機で」と彼は言ったが、本当に「いつもより観光客が少ない」のか、それとも「石油危機」という言葉の刷り込みがそう感じさせているだけなのだろうか、と。

「どやった?」

 例のジャンパーを羽織った相勤の村井誠一さんである。洗車が終わりかけのクルマの前にしゃがみ込んだ彼が、ショートピースをふかしながら今日の俺の水揚げを尋ねた。「今日はどやった」と始まるのは村井さんに限ったことではなく、タクシーの運転手はたいがいそうだ。その日の水揚げを尋ねるのは会話のきっかけの合い言葉みたいなものと言っていいかもしれない。

「大原の方はそろそろ紅葉も終わりですね。散ってるし」

「大原、行ったんか」

「京都駅から三千院までの客を乗せたんですよ。久しぶりに大原まで行きましたけど、客が思ったほどいなかった」

「戻りは空車か」

「一乗寺まで空車でした。白川通のバス停に観光客がいて、圓通寺まで乗せたんですけどね、そこからは南禅寺までまた空車」

「圓通寺に客はおらんやろ。あそこを知っとる観光客はよっぽどやで。穴場やしな」

「それにしたって暇じゃないですか。日曜日なんですよ」

「せやな、しばらくはあかんかもしれんな。石油危機や言うてるし、物価は上がりっぱなしやし、タクの運賃も上がるし」

 京都市にやってくる観光客の数は年間3500万人*1を大きく超えていて、月別では、桜の時期の3月と、紅葉の秋、11月がもっとも多い。それなのに、実際の数字がどうなっているのか知らないけれど、運転手たちは、石油危機や値上げいっぽうの物価のせいで「観光シーズンなのに客がおらへん」を肌で感じ取っていた。そこにもってきて年明けにはタクシー運賃の値上げである。「しばらくはあかんかも」となるのも無理はない。

「ノーカット、どうなりますかね」

「そら、いままでどおりちゅうわけにはいかんやろ。運賃、上がるんやし。30万にはならへんやろけど、27万か28万か、そのへんで落ち着くんとちゃうか」

 タクシー会社の賃金システムというのはずいぶんえげつないもので、それでなくても露骨な累進歩合が基本なのに、そこにもってきて欠勤すれば給料カット、決められた休憩時間をオーバーすれば時間カット。カット、カットで水揚げ額が少なければ少ないほど運転手の取り分はどんどん減らされていく。ところが、うちの会社にはノーカット制度なるシステムがあって、月の水揚げが23万円以上ならどれだけ欠勤しようが休憩時間が長かろうがカットなし。数ある京都のタクシー会社でノーカット制度があるのは何社もないらしい。水揚げ23万円。夜の客が減ったとはいえ、半分は大袈裟にしても月の3分の2くらい出勤して頑張れば達成できる金額だから、この制度、運転手にしたら有り難い。管理者がいくら尻を叩いても仕事を放りだしたまま休憩室で博打三昧の運転手がうちの会社には何人もいて、しかし、その連中でさえ最終的に23万円を稼いでいるほどだ。そういえば、ここしばらく休憩室博打の話を耳にしないなと思ったら、「23万水揚げしとるやないか」と毒づく連中に業を煮やした管理者が、「博打やっとる」と山科警察に通報したらしい。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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