2026.4.15
ギネス世界記録達成のためにコーダと初めての海外渡航。いざ、イタリアへ!【サーフィン犬 コーダが教えてくれたこと 第7回<中編>】
記事が続きます
貨物室でひとり待つコーダへの心配と不安はMAXに
羽田から、ミラノへの経由地であるローマに到着するまでの15時間。私は、貨物室にいるコーダへの心配と不安で気持ちがざわめきすぎて、座席モニターの世界地図を何度も見ていました。今飛んでいるのはモンゴル、中東、そしてもうすぐヨーロッパ……。コーダは今どうしているんだろう。眠れているといいな。私は機内食を食べたり映画を観たり、好きな時に飲み物も飲めるしトイレに行けるけれど、コーダはひとりクレートに入り、再び私に扉を開けてもらえることを信じて、ただただひたすら待っていなくてはならないのです。
気が遠くなるほど長く感じた15時間を経てようやくローマに到着し、ミラノ行きの飛行機に乗り換える時は、私のコーダへの心配が限界値に達したのか喉がカラカラで、異国の空港特有の強烈な香水の匂いもあいまって、えづきが止まらなくなってしまいました。何度もオエッオエッとなりながら、なんとかミラノに行く飛行機に乗ったその時、貨物室の方から犬が吠える声が聞こえてきました。「コーダだ……」。その声は30分くらい続き、その後静かになったのですが、それはそれで生きているのかどうか不安た高まりました。キャビンアテンダントかも特に連絡がないので大丈夫だと無理やり自分に言い聞かせ、そこから2時間ほどで目的地のミラノに到着しました。
コーダは、預かり手荷物のベルトコンベアとは別の、動物専用の受け取り場所に運ばれてきました。クレートの中のコーダと目が合うと、ハァハァと期待に息を荒くするコーダ。かけられていたネットが外され、クレートの扉の結束バンドもすぐに外されたので、まずはトイレをさせなきゃとコーダをクレートから出しました。すると、勢いよくコーダが飛び出してきました。短いしっぽを高速回転させ、息を荒くしながら飛びついてきて、やっと再会できたことへの喜びを全身で表してくれます。私も、頑張ってくれたコーダを前に涙が込み上げてきたけれど、コーダをまもる立場の私は、いついかなる時でも平常心で冷静に。コーダが興奮して平常心じゃないなら余計に「私がいるから大丈夫だよ」という振る舞いをして、込み上げる涙をぐっとこらえながら、コーダにマナーバンド(犬の腰回りに巻き、マーキングや粗相による尿の漏れを防ぐ、旅先等では必須のサニタリー用品)をすばやく装着しました。次にリードをつけて出口に向かって歩き始めましたが、検疫所等もに立ち寄る必要はなくそのまますぐ外に出られました。

到着ゲートの出口には、ギネスワールドレコードのロゴが入ったパネルを持った人が私たちを迎えに来てくれていました。コーダは、まるですべて分かっているかのようにその人にさっさとついて行きます。黒塗りベンツのワゴンに乗りホテルまでまた移動ですが、コーダはすんなりクレートに入り、ずっと静かにしていました。
そんなコーダでしたが、テレビ局が用意してくれたホテルに到着し部屋に入った途端、ベッドに飛び乗り、今までおりこうにしてきたフラストレーションを爆発させるべくゴロゴロスリスリ、アウアウ言いながら転がり始めました。顔はニコニコで、離ればなれの移動でも、私と一緒に旅行していることは分かっていたのでしょう。部屋は小ぎれいで広さも十分でしたが、なぜか鬼のように暑く、換気のため窓を開けると冷たい外気が気持ちよく、日本を出てから20時間ぐらい経って初めて、やっと深呼吸することができました。旅の疲れを癒すべく、コーダとそんな風にのんびりしていたら、ニコレッタに依頼していたコーダ用のドッグフードとトリーツも大量に届き、まずはいろいろと一安心でした。

記事が続きます
![[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント](https://yomitai.jp/wp-content/themes/yomitai/common/images/content-social-title.png?v2)

















