2020.3.3
思いつめた目をした大迫傑が、阿修羅の形相でゴールテープを切った日〜大迫傑(陸上選手)
そもそも大迫は、日本の実業団に属さず渡米してトレーニングを続けるという独自の道を歩んでいる。自身のツイッターで日本陸連の推薦枠の基準に対して批判をしたり、選手主体の大会を開催することを宣言したりと、「自らの信念を貫き通す人」という印象が強い。
大迫はいつも、「求道者」とでも呼びたくなるような、どこか思いつめた目をしている。
私は大迫の顔を見ると、ストイックに鍛え上げられた身体と相まって、なぜだか映画「ビルマの竪琴」の水島上等兵を連想してしまう。あの映画の中井貴一も、同じように思いつめた目で仲間と別れ、ビルマに残ることを決意していた。それは思わず「おーい水島、一緒に日本へ帰ろう」と呼びかけたくなってしまうような目である。
今回の東京マラソンでも、大迫は表情を変えず、やはり思いつめた目で走り続けていた。井上とともに先頭集団を走っていた大迫は、中間地点を過ぎたあたりから次第に遅れはじめ、30㎞地点では井上に大きく差をつけられていた。井上が日本新記録を出して日本人1位でゴールすれば、大迫の代表入りは絶望的となる。見守る多くの人が「もうダメなのだろうか……」と心配になったはずだ。それでも大迫は、表情ひとつ変えず走っていた。
ところが32㎞あたりから、大迫が急にペースを上げてきた。苦しそうな井上の横を無表情でスーッと抜き去り、見る間に日本人トップに躍り出たのである。
その様子は、解説の増田明美が「死んだふりをしていたのかと思うくらい」と語るほどであった。
大迫はそのままペースを保ち続け、結果として日本新記録の2時間5分29秒、日本人トップの4位でゴールした。一方の井上はその後ペースダウンして26位に終わり、大迫の後半の走りを「半端ないですね」と讃えた。
「大迫半端ない」という言葉に汎用性があることを、ここでわれわれは改めて知った。
最後には感情をあらわにしたその様子を増田明美は「阿修羅」と
しかし、今回の大迫の走りは本当に「死んだふり」だったのか。
全体を通して、大迫は自分のペースを守りながら走り続けていたように思う。
早いペースで進む先頭集団にあえて付いていくことをせず、ひたすらラップタイムとのみ勝負していたのではなかったか。世間が「いつもとは違う」雰囲気に包まれる中、周囲に惑わされず己が信念のままに走るという意思が、大迫の無表情からうかがえた。
そんな大迫も、ゴール直前にはガッツポーズをして雄たけびを上げ、レース後のインタビューでは感極まって涙を流すなど、感情をあらわにしていた。
増田はその大迫の様子を「阿修羅の顔をしていますね」と表現していた(たぶん興福寺のではなく、三十三間堂の阿修羅だろう)。ここでもやはり仏教に帰結するのか。
これで東京五輪代表へと大きく近づいた大迫。
今後の活躍を期待しながら、私は不要不急の外出を避けてレンタルDVD屋で借りてきた「ビルマの竪琴」を見ようと思う。