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どのように人間は〈戦争〉をする生き物になったのか──戦争の進化心理学

自身の危険を顧みず戦争に参加するのはなぜか

集団のために戦うという行動については、すでに述べた血縁や遺伝子の観点に加えて、フリーライダー問題の観点からも注目されます。人類の歴史を見ると、民族紛争、独立紛争として行われた戦争は多いです。独立戦争に勝利し、ある地域の住民が独立国の国民になると、その住民全員が民族自決の権利を得ます。 この状況は、戦争の勝利に寄与した人物と寄与していない人物が等しく利益を享受できることを意味します。こうした状況では、フリーライダー問題が生じる可能性があります。

フリーライダー問題は、経済学で「公共財」について考えるときによく取り上げられる問題です。フリーライダーは「ただ乗りする人」という意味で、コストを負担せずに利益だけを得る人を指します。公共財の代表的な例は、消防・警察・国防・放送などです。例えば脱税のように、十分な税金を支払わずに公共財を利用する人はフリーライダーとみなされます。罰則を受けるなどの不利益が特にないのであれば、公共財を維持するためのコストを負担せずにフリーライダーとなるほうが個人の利益は大きくなります。こうした状況が続くと、必要な公共財が維持できなくなってしまうという問題が生じます。これがフリーライダー問題です。

民族独立戦争の場合、民族運動や戦闘行為に参加してもしなくても、独立のさいには同じ利益が得られるため、フリーライダー問題が発生しそうです。このように考えると、負担や危険を伴うであろう民族運動や独立戦争に参加する人物など現れないのではないかと思えてきます。しかし実際には、独立戦争を通じて民族独立を実現した例は多くあります。 自身の負担や危険を顧みず民族運動や独立戦争に参加する人物が少なからず存在しているという現実があるのです。

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拡大家族としての民族集団

こうした遺伝子の観点およびフリーライダー問題の観点からの疑問について、それらを解消する研究が報告されています。ノースカロライナ大学社会学部の教授であったホイットマイヤーは、同族結婚の機能に関する1997年出版の論文において、他者を助けることを通じて民族運動に貢献する遺伝子は適応的になりうることを示しました(注4)。ホイットマイヤーは、 自分と他者との間には子孫同士が婚姻する可能性があるという事実に注目したうえで、自分の子孫が他者の子孫と将来婚姻する可能性があるならば、そのような他者を助ける遺伝子は進化の過程で有利となり、世代を超えて受け継がれる可能性があることを数学的なモデルを用いて示しました。子孫の婚姻可能性を考慮すると、他者も「拡大家族」の一員となりうるというわけです。婚姻は同じ民族に属する個体の間で生じることが多いため、民族集団は拡大家族とみなすことができるとホイットマイヤーは述べています。

戦闘行為に参加する個体単独で考えると、確かに個体の生存率は低くなる可能性が高いでしょう。しかし、拡大家族という観点で考えると、他者を助けることを通じて民族運動に貢献する遺伝子は集団中で適応的になり、世代を超えて存続するというわけです。

ホイットマイヤーの研究や他の多くの研究によって、ヒトには一般的に自民族中心主義や内集団バイアス(注5)と呼ばれる性質があることが分かっています。他集団のメンバーを犠牲にしても自分の属する集団のメンバーを助けることが遺伝子の観点から適応的であるならば、ヒトがそのような性質を持っていても不思議ではありません。このように考えることで、ヒトが集団同士で争うことは避けられないという悲観論に陥る人もいることでしょう。しかし、希望はあります。自民族中心主義を克服する方法が存在するという研究が報告されているのです。

民族や人種のカテゴリーは可変的

ペンシルバニア大学に所属していた進化心理学者クルツバンを中心とした研究チームが2001年出版の論文において、ヒトはさまざまな個人を民族や人種によって別々のカテゴリーに分けるものの、そのカテゴリーの境界はかなりの程度に可変的であることを示しました(注6)。研究チームは、記憶混同プロトコルと呼ばれる社会心理学の巧妙な実験技法を用い、被験者がさまざまな個人をどのようにカテゴリー分けするのかを調査しました。一連の実験により、性別(男 vs女)や世代(若者 vs老年)によるカテゴリー分けは固定的だが、民族や人種によるカテゴリー分けについては、実験室で比較的小さな操作をするだけで結果が変わることが示されました。研究チームは、ヒトはその進化の過程で自分自身と外見が大きく異なる人々に出会う機会がほとんどなかったため、今日「人種」と呼ばれているものを符号化するメカニズムを私たちが備えているとは考えにくいという仮説を提示したうえで、実験結果はその仮説を支持すると述べています。ここでの符号化とは「自動的に記憶する」というような意味です。

クルツバンらの研究からは、自民族や内集団(自分が属する集団)と呼ばれるものは状況によって変わりうることが示唆されます。誰が敵で誰が味方かという境界は固定的なものではないということです。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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