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ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場

【文豪と喧嘩】菊池寛・中央公論殴り込み事件! 広津和郎の小説『女給』が引き起こした泥沼抗争劇

そんなある日、神宮外苑で広津と菊池は偶然出会ってしまう。
菊池に合わす顔のない広津でしたが無視するわけにもいかず、どうしたものかと考えあぐねていると、菊池はにやりと笑った。

「君、君は何故調停に出て来てくれないんだ」
「君は僕に怒っているんじゃないのか」
「君には怒りゃしないよ。君は友達じゃないか。僕の怒っているのは中央公論社だよ」
「そうか。僕は君が僕に怒っていると思ったので、困ったことになってしまったと思っていたんだが、僕に怒っているんでないなら、僕は調停に出て行くよ」
「そうして呉れよ。困っているんだ。久米が中央公論社に行ったら、文壇全体を相手にしてでも争うからお引取り下さい、といわれて帰って来てしまったんだよ。君が出てくれなければ駄目だよ」

この菊池とのやり取りに「実に率直ないい方である。こんな場合にこんな率直ないい方はなかなか出来るものではない」と感動した広津は、必ず調停に出ると菊池と約束するのでした。

騒動の仲裁役を買ってでてはみたものの……

広津はまず中央公論社に出向き、社長の嶋中に菊池寛がこの騒動を収束させることを望んでいる旨を伝えます。

しかし嶋中の返答は「そうですか。併しこれは執筆家対雑誌編集者の問題なんですよ。雑誌編集者というものが、執筆家に対して、長い間どんなに屈辱的立場にあったかということで、ここの編集局中が今いきりたっているんですよ。その点僕も同感なんです。(中略)『中央公論』『婦人公論』を潰してでも、執筆家の横暴と闘ってもいいと思うのです」と、依然、強硬路線。

これは後の話になりますが、嶋中は戦中、軍によるマスコミへの弾圧で多くの雑誌が潰される中でも決して頭を下げず、毅然とした態度を貫いた男でした。そう簡単には引き下がってくれません。
それにしても「執筆家に対して、長い間どんなに屈辱的立場にあったか」とは。勝手気儘、傍若無人な連中が多かった当時の文壇ですから、編集者の人たちはそれはそれは煮え湯を飲まされてきたということなのでしょう。

次に広津は文藝春秋社に出向きます。居合わせた久米正雄が「独得の微苦笑を浮べながら」話しかけてくる。
「君、あの小説は、あれは菊池が怒るよ。何事でもこの世の中のことでは、全部勝ったつもりで菊池はいるんだよ。ただ一つ女の問題だけは、心の底ではほんとうに勝ったとは思えないんだ。そこを突っつかれたんだから、あれは怒るよ。おれが菊池だって怒るよ」

なんか偉そうに言ってますけど、あなた中央公論社に「お引き取りください」って言われて、すごすごと帰ってきましたよね、久米先生。

次に山本有三が広津の耳元で囁く。
「あれは君、君の書いているのは小説だね」「ああ、小説だ」「よし、それならいい。小説ならそれでいい」と一人うなずきながら、向こうへいく山本有三。
小説であるなら架空の物語だから問題なし、という意味なのでしょうか。

仕事の合間に将棋を指したり卓球したりしていた菊池先生。自社には卓球台が(画像所蔵/菊池寛記念館)
仕事の合間に将棋を指したり卓球したりしていた菊池先生。自社には卓球台が(画像所蔵/菊池寛記念館)

子供の使いのように東奔西走した甲斐あって(?)『女給』は大ヒット

広津は文藝春秋社の一室で菊池に会い、中央公論社の言い分を伝えます。
「嶋中君は『中央公論』『婦人公論』が潰れてもいいからあくまで争うといってなかなか頑強でね」
「そう、それは困るね。『中央公論』や『婦人公論』が潰れても、僕には別に差支えないが、文壇では随分困る人があるだろうからね」
「そこで君に僕のいう通り一筆書いて貰いたいんだ。――貴社の編集者に暴行を加え、且つ貴社の編集局を侮辱したることに対し、遺憾の意を表す。中央公論社長嶋中雄作殿。菊池寛─――
「そんなもの書かなければいけないかね」
「ああ、そうしないと、こんなことは形がつかないからね」
「そうか、解った。書こう」

再び中央公論社に戻った広津は菊池の書いた詫び状を嶋中に渡します。
「菊池君はこれを書いてくれましたから、あなたも菊池君に対して書いて下さい」
「そういうものを書くんですか」
「菊池君はこうして先に書いたじゃありませんか。あなたにも書いて貰って、それを菊池君にとどけなければ、調停に立った僕の役目は果せませんよ」

嶋中は周りにいた編集者となにやら小声で相談し合い、そして広津にこう言います。

「広津さん、あなたはやっぱり手を引いて下さい。僕等はあくまでやりたいと思いますから」
広津和郎が東奔西走し、菊池寛が不本意ながらも詫び状を書いた。それでもなお争そう姿勢を辞さないという中央公論社。広津は嶋中の顔をじっと見つめます。

「止むを得ません。これを持って菊池君に返して来ましょう。そしてあなたのいわれるように手を引きましょう。併し(中略)手を引いてくれといわれて手を引いて、その後でその小説の作者である僕が、そのままその小説を『婦人公論』に書きつづけられるものかどうかということはお解りだろうと思います。――僕は手を引きましょう。併し僕は小説を中止します」そういって部屋を出ようとする。
これに焦った嶋中はとうとう折れて、菊池寛に宛てて詫び状を書いたのでした。

『女給』は映画化までされ、小説ともども大ヒット(ポスター所蔵/国立歴史民俗博物館)
『女給』は映画化までされ、小説ともども大ヒット(ポスター所蔵/国立歴史民俗博物館)

こうして広津和郎の小説から始まった中央公論暴行事件は幕を閉じるのですが、これまでの連日の新聞報道による効果もあって小説『女給』は売れに売れて、翌年には映画化、さらには主題歌『女給の唄』も大ヒットし、結局菊池寛の夜遊びは日本中に知れ渡ることになったのでした。

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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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