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【文豪と喧嘩】菊池寛・中央公論殴り込み事件! 広津和郎の小説『女給』が引き起こした泥沼抗争劇

「『文藝春秋』の出発の最初が、直木三十五あたりの筆であったと思うが、文壇人のゴシップ的なあくどい悪口をあれこれと書き立てて、それを売物にしていたようなところがあったので、そういう雑誌をやり始めた菊池君としたら、このくらいのことで腹を立てる理由はあるまい」と言い訳しつつ、かといってそのまま「菊池寛」と書くのはさすがによろしくないので「有名な詩人 吉水薫」という偽名で書くことにしたのです。

しかし困ったことが起こります。
「婦人公論」はこの菊池寛をモデルとした吉水薫が登場する号の新聞広告に「文壇の大御所登場!」と、でかでかと宣伝したのです。当時「文壇の大御所」といえば誰もが菊池寛のことを連想しました。
「有名な詩人」とぼやかしたことがまったくの無駄になってしまう広津先生。

さらには、その頃「婦人公論」には毎月いろんな作家がエッセイを書く『私の顔』というコーナーがあったのですが、その月の受け持ちはなんと菊池寛で、その内容が事もあろうか、「自分はこの顔で女の問題では損をしたことはない」といった主旨だったのです。

同じ雑誌の同じ号で、菊池が「自分はこの顔で女の問題では損をしたことはない」と書き、広津は『女給』の中で「有名な詩人」が主人公の小夜子にフラれるさまを描き、新聞広告には「文壇の大御所登場!」とでかでかと宣伝が載る。
広津先生、この事態にはさぞ震えたことでしょう。

「実際困ったことであった。私が当惑した位であるから、菊池君としたらどんなに腹が立ったか知れないであろう。」と書いています。

「自分はこの顔で女の問題では損したことはない」。こちらは昭和16年頃の菊池寛先生(画像所蔵/菊池寛記念館)
「自分はこの顔で女の問題では損したことはない」。こちらは昭和16年頃の菊池寛先生(画像所蔵/菊池寛記念館)

作家として、男としての名誉とプライドをかけて中央公論へ殴り込み!

菊池は「小説を書くなら女の話ばかりを一方的に聞かずに、自分の話をも聞いて書くべきだ」と『僕の見た彼女』と題した原稿を「婦人公論」に送りつけますが、婦人公論はこの原稿のタイトルを勝手に『僕と小夜子との関係』と改題して掲載。

「著者の許可も取らずに改題するとは何事か!」と、さらに怒った菊池は中央公論社に単身乗りこむ。対応したのは社長の嶋中雄作氏と婦人公論編集主任の福山秀賢氏。

「何故題を変えた?」と詰問する菊池に対し、「こちらが頼んだ原稿なら、題を変えるようなことはしないが、持込み原稿の場合には改題は編集者の自由である」と主張する中央公論社。

菊池寛の抗議文を「持ち込み原稿」呼ばわりとはなかなかの強気です。激昂した菊池は嶋中を殴ろうとした。しかし菊池と嶋中のあいだには大きなテーブルがあって近づけない。というわけで菊池は隣に座っていた編集主任福山の頭をいきなり殴りつけてしまったのだ。これにいきどおった中央公論社は菊池を暴行罪で訴えるといい、菊池は菊池で中央公論社を名誉棄損で訴えるといい、広津の小説から始まったこの事態はどんどん大きくなっていきます。

連日のように新聞でこの事態が報道され、ある新聞には検察官が「小説の作者にも参考のために、来て貰って、意見を聞いて見なければならない」と述べたなどと書かれている。

困ってしまった広津先生、なんとか双方の仲を取り持ち、事を収めたいと思うもどうしていいかわからない。

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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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