よみタイ

ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場
「文豪」というと皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。
いつも気難しそうな顔をしてて、メガネかけてヒゲなんか生やしてて、伊豆あたりの温泉旅館の一室で吸い殻山盛りの灰皿を脇目に、難しい小説なんか書いてる…。そんなイメージを持たれがちな彼らですが、実は現代人とたいして変わらないような、実に人間臭い面もたくさんあるのです。

今回は華麗なる女性遍歴と礼賛のもと数々の名作を生み出した谷崎潤一郎、歴史や社会に題材をとった幅広い作品群を残した大佛次郎、2人の文豪のそれぞれの「猫可愛がり」ぶりをお届けします。

【文豪と猫可愛がり】徹底した女性礼賛!猫もメスを愛しぬいた谷崎VS妻との結婚条約の立ち会いを猫にさせた大佛次郎

徹底した女性信仰!猫との接し方もちょっと不思議な谷崎潤一郎

谷崎潤一郎(たにざき・じゅんいちろう)
1886年7月24日 – 1965年7月30日
明治末期から戦後の昭和まで活躍した小説家。永井荷風に絶賛され新進作家として世に出て以来、フェティシズムを扱った作品や日本の文化や伝統をテーマにした格調高い作品を残す。ノーベル文学賞候補に何度も名前があがり、日本人で初めて米国文学芸術アカデミー名誉会員にも選出され「大谷崎」と呼ばれた。

「動物中で一番の器量よしは猫族類でせうね。猫、豹、虎、獅子、みんな美しい。美しいが、どれが一番いいかと云へば猫ですね」

これは谷崎潤一郎の随筆『ねこ』に書かれた一文です。
谷崎潤一郎はかなりの猫好きとしても知られた作家で、一時は十数匹も飼っていたといわれています。同時に犬を飼っていた時期もあったようですが「猫の食べ残しを犬にやる、猫を洗った後の湯で犬を洗う、猫は美食で犬は粗食」などと書かれたメモも残されており、断然猫のほうを大事にしていた様子が窺えます。

「犬はジャレつく以外に愛の表現を知らない。無技巧で単純です。そこへ行くと猫はすこぶる技巧的で表情に複雑味があり、甘えかゝるにも舐めたり、頬ずりしたり、時にツンとすねてみたりもして、緩急自在頗る魅惑的です」

もうメロメロですね(そして犬への対応が冷たい!)。
甘えたり……、ツンとすねてみたり……って、まるで谷崎作品の『痴人の愛』や『秘密』なんかに登場する男を振り回す女性たちそのものです。谷崎先生は女性を愛するように猫を愛でていたのでしょう。
飼った猫のほとんどがメスだったといいますから、その姿勢は徹底しております。猫そのものが登場する作品も多く、二人の女性と猫と庄造という男の四角関係を描く『猫と庄造と二人のおんな』は特に有名です。

 

女性を崇拝するかのごとく雌猫も溺愛した谷崎(芦屋市谷崎潤一郎記念館提供)
女性を崇拝するかのごとく雌猫も溺愛した谷崎(芦屋市谷崎潤一郎記念館提供)

谷崎は日本猫よりも西洋種の猫がお気に入りだったようです。
その中でも特にシャム猫やペルシャ猫が好きだったようですが、特にお気に入りだったペルと名付けたペルシャ猫は、ペルが死んでしまうと剥製にしてしまうほどの溺愛ぶりでした。

そんな谷崎が初めて飼った猫は、ミィと名付けた日本猫とドイツ猫との交配種でした。
が、その後ペルシャ猫も飼い始めると、なんと谷崎はミィを人へ譲ってしまいます。ミィを人に譲った理由は定かではありませんが、実は谷崎は同じようなことを最初の奥さんにもしているのです。

谷崎は最初の奥さん、千代と結婚した後、あろうことか千代の妹を好きになってしまい、なんと佐藤春夫に千代を譲ることを約束したのです。以前にこちらでも書いたことがあるエピソードで、文学界ではとても有名な話ですが、同じようなことを猫にも奥さんにもやってしまう谷崎先生……。

 

死後、剥製にするほど愛したペルシャ猫のペル(芦屋市谷崎潤一郎記念館提供)
死後、剥製にするほど愛したペルシャ猫のペル(芦屋市谷崎潤一郎記念館提供)

よそに譲られた猫のミィは結局、谷崎のもとに一旦は戻ってきたのですが、ミィと自分の境遇を重ね合わせたのか、千代は谷崎のもとを離れる際にミィも一緒に連れていき、千代もミィも佐藤春夫のもとで生涯幸せに暮らしたのでした。

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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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