2026.11.4
受賞した男・ミシマ──仲間内から〈デビュー〉が出るとどうなっちゃうのか?【新人賞コンプレックス 第7回】
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もし友だちが新人賞を受賞したら
ミシマの応募生活はどうだったのだろうか?
彼は私より3つ歳上で、知り合った時点ですでに応募歴は長かった。私と同じく純文学系の新人賞を中心に応募していて、5年前にB新人賞の最終候補に残ったことがあると言っていた。それから毎年同賞に応募しており、4次通過→4次通過→3次通過と結果が落ちてきたのがきっかけで、小説投稿サイトなどに現れるようになったらしい。
私が読んだところ、ミシマの小説はどれも新人賞を受賞していてもおかしくないデキだった。もっと言えば、すでにプロとして活躍している若手作家と比べてもまったく遜色のないクオリティで、私が「新人賞は絶対的な〝小説力〟を競うものではない」と思うようになったきっかけでもある。ただ、不思議なことにミシマは最終候補になったB新人賞以外の新人賞では1次選考を通過したことが一度もなかったのである。賞によって下読みのシステムは異なり、読むひとも変わる(複数の賞を掛け持ちする下読みもいるが……)ゆえ、文学賞との相性というのは当然あるだろうが、それがなぜこんなに極端に出るのか未だによくわからない。
のちに作家になる者には2パターンの人間がいる。あらゆる文学賞で予選通過や最終候補の常連になる者と、新人賞の1次選考にまったく通らない者だ。
この連載に登場した者で言えば、前者の一番の例はオサムである。知り合ってから1年後、彼はミシマが最終候補になったB新人賞の最終候補に残り、その後も純文学5大文芸誌の新人賞すべてで1次選考を通過する「新人賞スタンプラリー」のフルコンプリート達成を果たす。デビュー後も新人賞に送り続けた奇人・リューノスケも複数の賞で1次選考の通過経験がありこちらよりだが、彼の場合は最終候補への壁が厚かった。応募が趣味の新人賞ドパガキ・ナオキもエンタメ新人賞特化型だが1次通過率は高く、作風ものちのキャリアも独特すぎて参考にならないが文学の申し子・ケンザブローも複数の賞での通過歴がある。
私とミシマは後者だった訳だが、世に出られるかどうかは結局のところ、新人賞を経由するしないに関わらず「自分を見つけてくれるひと」に出会えるかどうかという、実力ではどうしようもない要素があまりにも大きい。「努力」という課金を継続的におこなったうえで回せるガチャみたいなものだ。新人賞を獲らずとも私は西崎憲氏・吉村萬壱氏に引っ張り上げてもらい、リューノスケは幸運な偶然が重なって「新人賞は無理だがコイツの本を売りたい」と思ったイカれた編集者が現れたことでデビューできた。ミシマの「純文学ではB新人賞でしか1次選考を通過できなかった」というのは、裏を返せば「B新人賞に彼を引っ張り上げようとするひとがいた」ということなのかもしれない。事実、ミシマは同賞で最終候補になったのが人生初の1次選考通過で、その後は4次通過→4次通過→3次通過→1次通過→2次通過と、雑誌に名前と作品名が掲載される位置には残り続けていた。私以上の新人賞マニアでもあるオサムは「ミシマさん、あと受賞すればB新人賞応募結果を全パターンコンプリートできるじゃないですか」と言っていた。
ともあれ、B新人賞での成績がジワジワ落ちてきていたミシマは「次くらいでもう新人賞はキツいかもな」と口にするようになった。ちょうどそんな雑談をしていた頃だろうか、ある日を境に彼の口数が突如激減した。これはつまり、と私は察知した。ミシマ、6年ぶりにB新人賞の最終候補に返り咲いたな! 同時に、私は同じ賞に応募していたので自分の落選も悟ったのだった……
彼の応募作は例年の作品に比べてかなり文章を削ぎ落としたもので、私は「良い意味で力が抜けていて良かったがラストシーンが不可解」とコメントしていた。それから約1ヶ月後、ミシマの受賞が発表された。ミシマは喜びを爆発させるというよりは、心底ホッとしたというような様子だった。先日、『しくじり先生 俺みたいになるな!!』でドンデコルテ渡辺銀次が「M-1準優勝後に人気が出ても調子に乗らない理由」を「ゴジラみたいな怪獣が出てきて、同期や後輩が全員踏み潰されていく中、自分だけがギリギリ生き残って、ヨッシャー!とはならない。危なかった……となる」と言ったが、おそらく心境はそういう感じだろう。事実、ミシマの二年後に私もデビューするのだが、まさに胸のうちはこんな感じだった。
B新人賞のプレスリリースが出た直後、私の元に一通のDMがぶち込まれてきた。送り主はオサムだ。
「ミシマさんが受賞ってマジすか!?」
仲間内から受賞者が出るのだから、驚くのは当然だろう。しかし彼の驚き方は私とはなんだか違っているような気がした。するとまた彼からDMがきた。
「僕もB新人賞の最終候補に残っていたんですよ!」
オサムは前年にもB新人賞の最終選考に残っていたのだが、なんと今年も残っていたのだ。彼は落選の電話を受けたとき、「受賞者は何人?」「受賞者は何歳くらいですか?」と厚かましく訊ねたところ「三十代の男性の単独受賞」とは聞いていたらしい。しかしそれがまさか友人だったとは!
文芸誌で掲載された選評では、ミシマの受賞が決まったのち、オサムを同時受賞とするかどうかの議論に紛糾していたことがわかる。オサムの作品は、父親がムスリムのアイドルが主人公の青春小説だった。戯曲風のテクストで構築した会話劇で賛否を大きく割った前年の候補作に比べると〝小説らしい小説〟に仕上がっていて、強烈な個性を保ちながら一般性も持ち合わせる、今の私が読んでもプロ作品と遜色ない安定したクオリティとして評価するだろうものだった。結局、あと1票が入らずオサムは落選となったが、彼を強く推していた選考委員がオサムの作品に文章の9割を使う選評を残していたことから、紙一重の落選だったことがわかる。当時まだ社会人1年目の22歳で仲間内でもすぐデビューできるだろうと評判だった彼だが、それから何年も新人賞でもがき苦しむことになるのだった……
それはさておき、オサムはといえばミシマが同時に最終候補になっていたことにこそ驚いていたが、受賞については「ミシマさんならそりゃそうでしょ」という感じだった。ミシマだけでなく、リューノスケも、ケンザブローも、その他の仲間たちもみな、ミシマの受賞は当然という感じで「プロになるべきひとがなった」ことに喜んでいるようだった。ミシマはのちに芥川賞も受賞するが、このときも周囲は同様のリアクションだった。むしろ「ミシマの小説が優れているのは我々が先に知っていた」と世間にマウントをとる感じですらあった。
ワナビ集団でイチヌケが出ると、嫉妬を爆発させて人間関係が完全に終わる現象──創作集団版の「サークルクラッシュ」が想起されるだろう。これについては自分の観測範囲から推測するぐらいしかできないが、他人の受賞に妬んだり、人間関係を破綻させるような言動を取ったりするのは、その集団全員の小説がおもしろくないか、あるいは「小説を読む」という基礎的な力が圧倒的に不足しているからに他ならない。「人間」と「小説書き」は似て非なるもので、これを混同するからサークルクラッシュするのだ。もしかしたら、我々は互いを人間と思っていなかった可能性すらある。事実、アマチュア時代のミシマは私がいろんな人間と交流するのを見ては「びんちゃんはなんでそんな小説がおもしろくない人間──〝小説つまんな民〟と話をするの?」と苦言を呈するほどだった。ミシマは突出して非情な男だった。コイツは人間を〝小説〟としか見ていなかったのだ。
小説に魂を売ったようなミシマだが、デビューから10年以上経った今では新人賞の選考委員を務めている。プライベートでは最近テニスにハマっており、「週6でスクール(初心者クラス)に通い詰める40代男性」という不審者と呼ばれても言い訳できない生活をしているのだが、小説界隈とは違う友人がバコバコできまくっているようだ。
先日、ミシマはひとり有馬温泉を旅行し、テニススクールのみんなへお土産を買って帰ったという。その話を聞いて、私の頬にあたたかな涙が一筋流れた。脳裏をよぎったのは、小説を書く前の私が「キモい」と軽蔑していたノマ君だ。私は小説を書くことで違う人間となり、ノマ君という存在が自分のなかで一つの象徴的なものとなったのだが、もしかしたらミシマにも私とは逆方向の転換──「小説を書かない人間」への歩みよりが起こっているのかもしれない。
瞳を閉じれば、瞼の裏に海沿いの町のテニススクールで有馬温泉の饅頭を皆に配っているミシマの姿が映る。人間を〝小説〟としか見れなかった悲しきモンスターが〝人間の心〟を知った記念碑的イベントだ。この情景に私はもう一度落涙する。彼が手渡す饅頭は、ラピュタのロボット兵がシータとパズーに差し出した一輪の花のような美しさを湛えていた。
次回連載第8回は12/2(水)公開予定です。
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