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南和行「離婚さんいらっしゃい」

私は平日だけの母親なのか

【ゼル子のその後】

長男に言ってはいけない

弁護士からは、
「子供さんにどっちがいいとか聞くことは厳禁ですよ。
 間違っても、お父さんの悪口を言うとかもしてはいけません」
ということを強く言われた。

理屈としてそれはとてもよくわかる。

でも、ゼル子は、不安が先に立つ。

ついつい、平日の夕食を、
長男が好きなハンバーグやステーキにしてしまったり、
誕生日でもないのに長男が好きなゲームを買ってしまったり、
漫画ばかり読んでいてもこれまでのように注意できなかったり、
いちいち長男の歓心を買うようなことをしてしまう。

本当にくだらないと思う。
今まで通りの暮らしの中で、
親権者をどちらにするかは決めることだし、
どう決めたとしても、
長男とゼル子の関係がそこでなくなるわけではない。

それはわかっているのに、
夫から「親権が欲しい」と言われて、
弁護士に相談してから、
ゼル子の気が気ではない日々が続いた。

長男から言われたこと

沖縄旅行のとき、
夫からは返事の期限を言われはしなかった。

ただいつまでも返事を先延ばしにして、
家庭裁判所に調停を起こされることなどになれば……。
と思うとどこかで返事をしなければと思った。

そもそも子供が成人するまでは、
離婚しないでおこうと言ったのは夫じゃないか。

長男が中学生になり、
ますます「男同士」で気が合うようになったのだろうか。

男二人で気兼ねなく暮らしたいと思ったのだろうか。

長男は、沖縄旅行から帰ってきても、
様子は今までと変わらない。

夏休みは沖縄旅行に行った以外は、
部活の合宿や、あとは学校の友達と、
好きに過ごしていたようだ。

長男は、夫に何か言われたのか、
いや、むしろ長男から夫に、
「一緒に暮らしたいから」と言ったのだろうか。

そうこうしていると、
長男の夏休みも終わり、
二学期になった。

10月には、中学校の文化祭があるらしい。

中学校なので、
文化祭と言っても大がかりなものではなく、
平日にそれぞれクラスごとの発表がある程度だ。

ゼル子は長男に、
「文化祭は行った方がいいの?」
と聞いてみた。

長男は、ゼル子がそう聞いたことに、
少しビックリした顔をして、
「来ないつもりだったの?」
と言った。

「いやいや、ほら中学生だし、
 いちいち母親が来たら嫌とかあるのかなと思って」

とゼル子が言うと、

「僕は、来てくれると思って、
 せっかく台詞せりふのある役に自分で手を挙げたのに」

と長男は言った。

長男のクラスは演劇発表で、
主役ではないが少し重要な、
長い台詞のある役を演じるらしい。

「じゃぁ、一眼レフ持って行くわ」

とゼル子が言うと、長男は、

「中学生なんてまだ子供なんだから、
 お母さんに見てもらいたいとか思うの普通だよ」

と自分から「まだ子供」と言った。

「でも、高校生とかになったら、
 母親に来るなって言うんでしょ?」

ゼル子は、下心とか探りとかではなく、
なんとなく将来のことを聞いてしまった。

言葉にしてから「あ、しまった」と思った。

長男がいつものように生返事だといいなとゼル子は思ったが、
違った。

長男は、少しだけ考えて、

「高校生になっても、
 母さんと一緒に住んでいるだろうから、
 来てくれたらいいなと思うよ。
 高校の文化祭は普通は土日らしいから、
 父さんが来ることになるの?」

と言った。

ゼル子は息を飲んだ。
あぁ、そうか、長男は長男なりに、
土日は父親と、平日は母親と、という、
親同士が決めた「決まり事」を、
律儀に守ろうとしていたのか。

ゼル子は、長男なりにあれこれ考えているのだと知った。

離婚の優等生

ゼル子は夫とあらためて離婚について話し合った。

長男が小学4年のとき、
ゼル子の不倫によって、
家の中が殺伐となったこと、
夫の職場にも迷惑を掛けたこと、
お金も掛かったこと、あらためて悪かったと伝えた。

それをちゃんと言っておいて、
「引け目」がない状態で、
長男の親権について話をしたかった。

夫が親権を欲しいと言った理由は、
意外なことだった。

夏休みに沖縄旅行に二人で行くことを、
長男に提案したら、

夏休みは平日になるから、
「母さんと一緒でなければ約束違反になるのではないか?」
と長男に言われたかららしい。

そんなに約束にがんじがらめになるのなら、
離婚をして自分が親権者になれば、
自分が主導権を握ることができると思ったのだという。

ゼル子は、弁護士から言われた親権の中身について、
夫に話し、長男にとってどういう形がいいのか、
しばらく一緒に考えることにした。

ゼル子も夫も言葉にはしなかったが、
とはいえ「元のさやに収まる」ということは、
もはや選択肢としてなかった。

結論としては、長男が中学2年になるときに、
夫とゼル子はゼル子を親権者とする離婚届を出し協議離婚した。

長男はゼル子の家でゼル子と暮らすが、
週末は長男が泊まりたければ父親の家に泊まる、
ということがゼル子と夫の約束となり、
ゼル子からそのことを長男に伝えた。

中学2年生になったから、
長男にはスマホを持たせて、
長男と元夫が直接にLINEで、
週末の予定のやりとりをすることになった。

ゼル子は長男に、
平日でも、元夫と会いたいとか、
用事や頼み事があるなら会ってもいいと言った。

そのときゼル子はついつい、
「とはいえ月に1回くらいはお父さんの家に、
 用はなくても泊まってあげるようにして」
と約束外のことを言ってしまった。

ゼル子は、離婚して自分だけが親権者となったことで、
少し安心できた。

長男を取り合うのではなく、
長男が気を遣うことなく行き来できればと思った。

離婚届を出す前、
念のため弁護士のところに行って、
夫との約束事を書面化したいと伝えたら、
「本当に優等生の離婚ですね」
と大笑いされた。

「離婚届を書いて出すのは一瞬なんですが、
 その一瞬で、全部のことを決めるなんて無理ですよね。
 ゼル子さんの不倫のあと、しっかり3年以上も、
 離婚のための準備体操と練習をしたから、
 良かったんですよ」

というのが弁護士からの言葉だった。

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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