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南和行「離婚さんいらっしゃい」
離婚をめぐるたくさんの悩みやさまざまな葛藤。そこには、夫婦、家族の数だけドラマがある。夫婦関係で悩んでいる人たちが、自分の人生を取り戻せるヒントが得られることを願って……大阪で弁護士として働く著者が架空でつづる離婚をめぐるセミノンフィクション。

この家の表札が夫の名字なのが許せない

©vchal/Shutterstock
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【サジ子の場合】

伯母の養子になったサジ子

サジ子は45歳、夫は47歳。
子供は娘が二人いる。
長女は11歳で小学5年、
次女は9歳で小学3年。

サジ子家族が自分たちのために建てた、
文京区内の一戸建てが自宅だ。

サジ子は都内の私立大学の事務職員、
夫は都内の食品関係の中規模商社の経理部員、
正直なところエリートではない。

ここはもともとサジ子の母親の実家だった。
サジ子の母親はここで生まれ育ったが、
結婚してからは夫、つまりサジ子の父親の地元の、
神奈川の藤沢の人になった。
だからサジ子も藤沢育ちだ。

この文京区の白山は、
「お祖母ばあちゃんと伯母さんの家」があるところだった。

サジ子の母親は二人姉妹の妹で、
サジ子の祖父はサジ子の母親が高校生の頃に、
病気で亡くなったそうだ。

祖母は祖父がのこしたこの家で、
姉妹二人を育て上げた。

ただサジ子の伯母、母親の姉は、生涯独身で、
祖母が亡くなったあとも、
白山の家で一人暮らしをしていた。

その伯母は、70歳になる少し前、がんがみつかった。

ちょうどサジ子は結婚したばかりで、
子供はまだおらず、夫と二人都内の賃貸で暮らしていた。

抗がん剤治療のための入院を控えた伯母を励まそうと、
週末にサジ子が白山の家に顔を出したとき、
伯母に養子に入って欲しいと頼まれた。

祖母が亡くなったときに伯母と母親の話し合いで、
白山の土地と家は伯母の名義にしたが、
そのときから伯母は、その次はサジ子に、
と思っていたらしい。

サジ子は、伯母の養子になることなど、
全く考えたことがなかったので少し驚いた。

ただ、現実にがんを患った伯母が、
自分の亡くなったあとを考える心境になっていることも理解できたし、
そこでサジ子を養子にして、
白山の家を継いでもらえたらと思うことも、
そうだろうと思った。

サジ子はとりあえず、夫と母親と弟に相談をした。

夫は「名字はどうなるの?」ということを気にした。
ネットで調べた限り、
夫婦同氏が養子よりも優先するということだったので、
それを説明したら夫は「伯母さんのために養子になってあげたら」
と了解してくれた。

母親は、前にも伯母から相談されていたとのことで、
サジ子さえ嫌でなければ、自分の姉の安心のために、
養子になってあげて欲しいと言われた。

弟は、「その代わり自分は藤沢の実家を継ぐから」
ということだった。

そしてサジ子は、伯母と養子縁組をした。

母親の実家のあとに建てた一軒家

サジ子と養子縁組をして安心したのか、
伯母は、抗がん剤の治療もあまり功を奏さず
どんどんと弱っていった。

そしてサジ子と養子縁組をして、
1年くらいのところで亡くなった。

サジ子も養子縁組をした以上はと、
「娘」として病院のことそのほかもろもろ、
伯母の世話をした。

これが2年、3年と続いていたら、
実の親ではない難しさが、
感情的なしこりとなっていたかもしれない。

でも1年ほどだったから、
「できることはした」と納得したところで、
伯母は亡くなった。

そして白山の家と土地はサジ子が相続した。
家は、伯母と母が子供の頃から建っている古いものだった。

ちょうどサジ子は長女の妊娠がわかり、
自分の家をというタイミングだったので、
白山の家を壊して建て替えることになった。

土地の面積はそんなに広くはなかったが、
3階建てで十分な部屋数を作れた。
子供が将来二人になることを想定して、
サジ子たち家族の家を建てた。
建築資金は夫と二人でローンを組み、
完成した家も夫との共有名義にした。

伯母から相続した預貯金で、
建てることもできたが、
それをするとお金を出したサジ子名義の建物になると、
工務店に言われ、伯母から相続した財産には手を付けないようにした。

サジ子が養子に入るときに、
名字が変わることを気にした夫に、
サジ子は気を遣ったのだ。

そしてサジ子なりに夫を立てて、
夫婦でローンを組んで、
持ち分を半分ずつとの共有名義で建物の登記をした。

長女が生まれてすぐ家は完成し、
その2年後には次女も生まれて、
サジ子と夫と娘二人、
四人家族で自分たちの一軒家に暮らしている。

「文京区で新築一戸建てなんて、いいなぁ」
と職場の同僚にはよく言われる。

サジ子の場合は、ローンの返済も、
建物の建築資金だけだから、
三多摩あたりでファミリータイプのマンションを新築で買うのと、
ほとんど変わらないくらいだった。

「白山で一戸建て建てられるなんて、
 旦那さん、すごいエリートかボンボンなの!?」

と言われるのは気に入らない。

たしかに、この白山の土地は、
サジ子にとっては「転がり込んだ」ものかもしれない。

でもこの土地は伯母から託されたものであり、
サジ子の母親もそこで生まれ育った自分自身のルーツだ。
若くして夫を失った祖母が、
娘二人を育てながら守った土地だ。

でも、家の表札には夫の名字が書かれている。

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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