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南和行「離婚さんいらっしゃい」

私は誰にも育てられなかった

【弁護士とオフ子】

(弁護士)
オフ子さんは、夫さんと別居していて、
たぶん子供さんは夫さんが、
夫さんの実家でご両親と一緒に育てているだろうと、
いうことですよね?

(オフ子)
はい。たぶん……。

(弁護士)
事情は、あらかじめ支援センターの人から聞いているのだけど、
内容の確認をしますね。

(オフ子)
はい。

(弁護士)
21歳のときに、SNSで中学時代の彼氏と再会して、
その彼が東京でお店をしているから、
そこで働かないかって言われて、家を出た。

(オフ子)
元彼にLINEを教えて、
やりとりしていたら、
あるとき「人足りないから手伝って」って言われて、
元彼だから大丈夫かなと思ったら、
ただの「本番アリ」で。

(弁護士)
でも、断れなかった……。

(オフ子)
元彼とLINEやっている中で、
保育所のこととか知らなかったっていうのとか、
育児大変だとか愚痴ってしまっていて。

(弁護士)
それを元彼に何か言われたの?

(オフ子)
「オマエは、俺らと一緒にいるほうが、
 ちゃんと仕事できるって」
って元彼にLINEで言われて、
私も普通のママとか、
正直、そのときできる自信がなくて。

(弁護士)
それで、子供を置いて家を出た。

(オフ子)
はい。

(弁護士)
ただ、その元彼のお店が、
派手に違法なことをしていたから、
警察に摘発されてお店も潰れて、
支援センターに繋がったんだよね。

(オフ子)
警察の人からセンターを紹介されたときは、
正直、ウザいっていうか、
地元のときからセンターみたいなのは、
いちばん信用できないって、みんな言ってたから。

(弁護士)
でも、どうでした?

(オフ子)
センターは、アパートみたいになっていて、
何人か、同じように風俗だった子たちが暮らしていて、
相談にのってくれるお姉さんたちの中にも、
同じように風俗だった人もいて。

(弁護士)
いろいろ話せたんだ?

(オフ子)
私、今まで自分が「これしたい」って、
全然なかったから、
お姉さんに言われて、
夜間中学に行ったら、
ちょっとだけやり直したいなって思って。

(弁護士)
夫さんと?

(オフ子)
私が悪いから……怒られると思うのだけど。

(弁護士)
僕は、オフ子さんが、悪いとは思わなくて、
誰が悪いって、その元彼が悪いじゃんって、
思うんですよ。

(オフ子)
でも、普通だったら夫は許さないですよね。

(弁護士)
でも、夫さんからは今まだ、
離婚とか何も言ってきていないのだから。

(オフ子)
弁護士さんの仕事で、やり直しとかお願いできるのですか?

(弁護士)
家庭裁判所でも、「円満調整調停」っていう、
仲直りすることを目的にする話し合いの手続があるし、
僕は弁護士の仕事として、
仲直りする仕事もしたことはありますよ。

(オフ子)
私はできますか?

(弁護士)
それは夫さんとオフ子さんの話し合い次第じゃないかな。
話し合いはあくまでも対等だから。

夫が出した条件

オフ子は、夫婦円満調整の調停というのを、
家庭裁判所に申し立てた。

家庭裁判所は、
中学のとき仲間内で「カサイ」と呼んでいたから、
なんとなく知っている気持ちだった。

ただ家庭裁判所では夫とは会えず、
裁判所の調停委員というオジサンとオバサンに、
根掘り葉掘り昔のことを聞かれるだけだった。

それが何回も続くなら、
気持ちが萎えるなと思ったが、
結局、家庭裁判所に行ったのはその1回だけだった。

夫の希望で弁護士の事務所で、
夫と直接会うことになった。

夫に会うとき、
オフ子はどんな顔をしていいのかわからず、
緊張した。

弁護士からは事前に、
「無理して大げさに謝る必要はない」
と言われたので少し安心だった。

夫に怒鳴られるのかなと思ったけれど、
夫は怒鳴らなかった。

「無事で良かった」と泣いていた。

でも、夫は、
「本当は離婚したい」
「子供をこっちに渡して、
 一生、会わないと約束して欲しいくらいだ」
と言った。

それなら会う必要もないじゃないかと、
夜間中学に行って、
やり直すと心に灯った光が、
冷や水を浴びせられて消えてしまいそうな気持ちになった。

ただ、夫が「本当は」と言ったように、
夫の条件は「離婚しない」ことだった。

夫の希望は、夫が借りるアパートにオフ子が一人暮らしをして、
そこから毎週日曜日、
夫の実家に通って子供たちと晩ご飯を食べる、
ということだった。

オフ子と夫は離婚せず、
その代わり夫が生活費を出すというのが、
夫の条件だった。

夫はオフ子に、
「子供に悪影響だから、
 外で仕事をしたいと思わないでくれ」
と言った。

オフ子の決断

オフ子は、夫に申し訳ない気持ちだった。

「離婚する」と言われたら、
むしろするつもりだった。

どこかで「やり直し」できていたらというのは、
オフ子自身がいちばん思っていることだった。

少しでも世間が言う「ちゃんとした母親」に、
オフ子自身もなりたいと思っていたから、
夫に頭を下げて「お願いする」つもりだった。

夫からすれば、それは「虫のいい話」だろうから、
夫に「申し訳ない」と思って、頭を下げるつもりだった。

でも、夫は、オフ子自身が、
「やり直す」気持ちを灯していることには、
あまり興味がないようだった。

「無事で良かった」というのは、
もしかしたら子供に対しての、
「お母さんは死んでいない」という、
そういう気持ちだったのかもしれない。

子供のために離婚はせず、
子供のためにアパートに閉じ込められ、
子供のために夫と両親の家に毎週日曜日呼び出される。

オフ子の気持ちが萎えることばかりだった。

でも、夫は、「いい条件だろう」と言った。

夫が言いたいことは、
オフ子にだってわかる。

母親も祖母も結婚していないオフ子に、
中学校すら満足に通っていなかったオフ子に、
時代遅れの「不良少女」だったオフ子に、
風俗の仕事しかしたことがないオフ子に、
男にダマされて家族を捨てたオフ子に、
制裁ではなく衣食住を世話する「素晴らしい夫」に、
感謝するのが当たり前だということだろう。

オフ子は、夫の条件を断ることにした。

そして、離婚をして欲しいということを伝えた。
子供を育てるのは、夫にお願いしたいと伝えた。

オフ子は、子供には会いたかったが、
今の自分では、子供を十分に育てられないと思った。

オフ子の母親は、だから祖母にオフ子と姉を預けたが、
それでもオフ子は、今、こうなっている。

だから夫には、子供が自分に会いたがってくれるなら、
時間も作るし、ちゃんとした服装もするから、
会わせて欲しいとだけ言った。

オフ子は、話すのが苦手だったから、
うまく言葉は伝えられなかった。

でも、悔しくて悔しくて涙が出た。嗚咽した。

一緒に暮らしていたとき、
子供が泣いて面倒だと思った自分に腹が立って泣いた。

元彼の呼び出しに「ヤバいな」と勘づきながらも、
「どうせ私は不良なんだ」と開き直った自分が情けなくて泣いた。

姉が帰ってこなかったとき、
母親と祖母に「どうしてお姉ちゃん帰ってこないの?」
と聞かなかった自分がかわいそうで泣いた。

姉と二人で祖母の帰りを待ちながら、
「こんなのさびしいね」と、
お互いに思っているのに言葉に出さなかったことを思い出して、
またさびしくて泣いた。

夫は、

「離婚はやっぱりしたくないけど、
 いつでも連絡できるようにだけしておいて」

「お金に困ったときも連絡してくれたらいいから」

と言い残してその日は帰って行った。

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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