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鈴木涼美「アラサー女がそんなことで喜ぶと思うなよ」
めでたく30歳を過ぎた鈴木涼美がおくる「アラサー女性論」。30代になった女が失うものは? 得るものは? なにかが変わるのか? 時代を鋭く読み取る元セクシー女優にして社会学者の気鋭のコラムがスタート。

渡米か不倫か――アラサー女にとっての妻と愛人

大人になんかならないよ、と言っていたのはオバQだったと思うけど、人間って割と不平不満の多いワガママで勝手な生き物なので、自分の年齢にとても納得がいっている状態、というのは実は結構少ない。

マノロを何足も持つオトナの女性に畏敬の念を抱いていたころ

子供は早く大人になって遅い時間まで遊んでいても怒られないようになりたいと思うし、中学生は早く高校生になってバイトをしたり学校帰りに渋谷で遊んだりしたいと思うし、女子高生は早く18歳をこえて車の免許とったりキャバで働いたりしたいと思うし、田舎の女子大生はここは退屈、迎えに来てと思うし、男子学生は早く霞ヶ関やら汐留やらで働いて小銭を貯めて肩書きと札束の匂いに吸い寄せられる女を食べたいと思うし、新入社員は早くバリバリのチームリーダーになってプロジェクトを回したいと思うし、過ぎてしまえば今度は、若かったあの頃何も怖くなかった、と懐かしむに決まっている時間を全力で慈しもうとはせずに、自分の失敗や自分の敗北は若さ(後にはもちろん、老い)のせいだ、と思いたがる。あなたはもう忘れたかしら。

20代半ばまで大学院生をしていた私は、人より一人前の社会人になるのが遅れている、というコンプレックスがあったからか、学生時代は20歳を過ぎてもオトナの女性というものに並々ならぬ畏敬の念を抱いていた。
例えばその頃の7個上の代理店勤務の彼氏の同僚の女のひと、というと、洗練されていて、女らしいのにかっこよくて、マノロを何足も持っていて、目立つヴィトンのバッグやシャネルのカンボンラインなんて目もくれずにセリーヌの仕事バッグやエルメスの財布をさりげなく使っていて、「もっと上よ、そうそこ、強く吸って」とか色っぽい主導権があり、金曜の夜に男の誘いをあえて断って青山の会員制のバーでキャリアも学歴も収入もある女友達で集まって、シャルドネとかピノ・ノワールとかブルゴーニュとか言いながらオシャレチックな夜を過ごしていそうなイメージがあり、キャバの給料で買ったカンボンラインを下品に抱えて「もっと奥まで。手は使わないで」と男に主導権を握られていた私は、そんなキレイなオネエサンに「いいなぁ、若いって」なんて流し目で言われると、「まだ何にもわからないお子様ね」と嫌味を言われているような気がして、ひどく自尊心が傷つけられた気がしていた。

そしてそんな女の人に囲まれている男が週末を過ごす相手として私を選ぶのはとても不自然で、彼女たちに本気で対峙されたら何ひとつ叶わないような気がした。AV女優としてのギャラとキャバクラの給料を合わせれば、高給で有名な代理店の30代の収入に比べてもそんなに見劣りしなかったはずだが、キャリアを重ねて得たお金やそれで買った品物は、同じ値段の私の服よりずっと上等に見えるし、絶対に早くあっち側に行って、女同士でモナコなど行って男の数ヶ月分の給料と同じくらいの値段の宝石を買ってやる、と思っていた。

女は男の成功に惹かれるが男は女の成功を讃えるだけで惹かれはしない

当時の私にぜひ言いたいのだが、確かにやがてマノロやセリーヌは増えて、会員制の店にも男の同伴なく入れるようにはなるが、基本的にはその頃より庶民的な店に平気で入る厚かましさこそ加齢と共に育つものだし、しかもそこではボルドーとかクリュッグとか言っているわけではなく、「G原くん、今女子大生と付き合ってるらしいよ」「知ってるよ、舞い上がっちゃって。どうせ若い子なんてすぐ心変わりするのにさ」「自分より経験も知識も少ない女と付き合いたがる男なんて小物の証拠だよ、出世しないよ、あいつ、もう狙うのやめなよ」「あーあ、それにしてもこんなに仕事続けるつもりじゃなかったのになぁ。また親が入院してさー、孫見せろってうるさいし、最近私自身腰痛やばくてさ」「あ、それより首のポツポツイボって、取らないとどんどん増えるらしいよ」と悲壮感たっぷりで語りあっている。

そして別に「もっと上よ」とか言わないし、フェラチオ中にはやはり頭を押さえつけられるし、「いいなぁ、若いって」は、社会の論理と男の好みと自らの経年劣化をよく知ったうえで、本当に心と子宮の奥から出るしっかりした経験則の叫びである。
そして何より言いたいのは、モナコで宝石を買う未来など別に必死に目指さなくても運が良ければ手に入るから、小さな指輪に安い宝石と苗字と毎月の給料と未来を載せて渡してくる男ともっと真剣に向き合った方がいい。15年後のオトナの女になったあなたは10足のマノロと引き換えに、お嫁さん候補としての条件を8割がた失っているから。

なんて今から思っても、当時の私、そして私と似たような、学力や処世術はそれなりにあっても現実的な計画性と先見の明のないワガママで勝手な若い女にとって魅力的なのは、品川や下高井戸あたりの現実的なマンションのローンや学資保険や紳士用ソックスのセールや姑連れたグアム旅行ではなく、日々の狂乱と文化的な会話なのだから仕方ない。

そんなわけで先日も同年代の、給料と会社での地位と学歴と靴だけはたくさん持っている美人な独身の友人ら3人と、深夜の大衆寿司屋で、私たちに残された有力な選択肢について語っていた。共通の知人たちの現状について、芸能人のスキャンダルについて、過去に見てきた来るべき40代のなかなか厳しい現実について。
そして話題が、最近大変高名な経営者と不倫始めました状態の独身エリートの女友達に及んでからというものの、お互いの知人の不倫経験や不倫の現状について順番に披露する、という変な方向に盛り上がり、人妻となった友人たちの性の乱れや、自分らを口説いてくる既婚男の多さに大げさに驚愕しながらひたすら芽ネギの握りを食べていた。

エリート女は意外と不倫率が高い、というのはよく言われることだ。基本的な理由としては、結婚に向けて真摯に努力している女に比べて、結婚への切実さが相対的に低い女は、将来的な結婚を優先して今は男性に気を使う、とか、結婚を視野に入れてもらえるように男性の世話をする、といった行動と無縁なので、結婚を考えている男性にとっては当然それほど魅力的ではなく、逆に結婚願望が切実な女に見向きもされない既婚男性にとっては既婚というだけで排除されないという理由でそこそこ魅力的だからだ、ということくらいで十分説明できるが、深夜の寿司屋では思考がややトンデモな方向に突き進みがちなので、そこからさらに売れ残り30代たちの議論は加熱。

女は男の成功に惹かれるが男は女の成功を讃えるだけで惹かれはしない。
寿司屋にいる女たちは何も、仕事に生きようとメラメラ燃えて歩んできたわけでも、男より自分の成功!と意気込んできたわけでもなく、学校でテストがあれば試験勉強をして、受験シーズンには素直に受験勉強をして、大学に入れば卒論を書き、就活時期になれば就活をして、会社に入って言われるがままに働いていたら、知らぬ間に出世していたわけである。社会的な地位や経済力など、良き人生を歩んだ結果としての報酬がモテに繋がるのが男の醍醐味であるとしたら、全く繋がらないどころか、人間的な成長や社会的成功に、往々にしてモテの邪魔をされるのが女だ、と嘆くのは某新聞社政治部の女。隣で聞いていたややフェミにおもねる傾向のある米国留学経験者の女は、米国の成功者の男性は絶対に短大を出たばっかりの若さと愛嬌しかない女と結婚なんかしないで、同じような脂ののったエリート女を選ぶ、ブラピを見よクリントンを見よ、と主張。それに対して、新卒入社した銀行で延々と出世を続けるもう一人は、確かに米国人男性は日本人男性に比べればエリート女や若干の年増も結婚対象にすることが多いが、その代わりに不倫相手は家政婦だったりモニカだったり、およそ社会的なパワーのない者を選ぶ、と大変トリビアルな気づきを披露した。

多くの日本人男性が、結婚相手にスレた30代より、やや無知で味がなくとも、肌と思想に透明感のある若い女を選び、不倫相手にはエリートな同僚や水商売の女など、性的・社会的にスレた女を対象にしがちだ、というのと綺麗に対をなすように、成功者同士で結婚する日本のニューエリートや米国人の富裕層は、不倫相手に女子大生インターンや気立ての良い無力な女を選びがち? 

男はどこの国のどこの時代に生まれようとも、自分を高めてくれる女と自分を超えてこようとしない女を両方抱かずにはいられないのか。どっちを本妻に、どっちを愛人にするかは人によるとしても。だとしたら、米国人に比べて趣味が幼いとかロリコンとかパワフルな女と対峙できない情けない男、と言われてきた日本人男性もちょっとかわいそうだ。

いやいや男に同情している余裕なんてスレた私たちには残されていない。残されているのは、日本に滞在しつつ、味気ない女と結婚した男の愛人におさまるか、米国に移住して結婚し、味気ないバカ女と不倫されるか、という大変気の進まない二つの選択肢。そして何よりも明らかなのは、スレた愛人になろうとエリートな本妻になろうと、男を真の意味で癒すのはもう片方の女だろうということで、だとしたらオトナの女にちょっと自尊心を傷つけられることがあっても、やっぱり20代の方が楽しい気がして、私たちはやっぱり自分の年齢には納得がいかない。
 

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

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