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南和行「離婚さんいらっしゃい」
離婚をめぐるたくさんの悩みやさまざまな葛藤。そこには、夫婦、家族の数だけドラマがある。夫婦関係で悩んでいる人たちが、自分の人生を取り戻せるヒントが得られることを願って……大阪で弁護士として働く著者が架空でつづる離婚をめぐるセミノンフィクション。

第4回 この家では子供は作れない――合理的な結婚の行方は(上)

【プロローグ】

 ようこそ離婚さん。離婚さんいらっしゃい。離婚していないことのデメリットは、女性と男性とでずいぶん違います。前回のミミ子さんのように、離婚していないことで、生まれてきた子供の出生届を出せないという法律の壁にぶち当たることもあります。離婚なんていつでもいいと思っているうちに離婚することを忘れてしまうようなことも……。

【サイ子の場合】

 今年の夏、父の十三回忌だからと、母が一人で暮らす田舎で、久しぶりに家族が一堂に会した。三人姉妹と母はそれぞれ仲が良かったので、かえって一緒に集まることが少なく、集まっても誰かが歯抜けだったり、誰かと誰かの二人だけだったりしていた。
「全員で集まるタイミングでしないと、また何年後かになってしまう」と、下の姉が言い出してくれたので、12年前に死んだ父の名義のままになっていた実家の土地と建物を上の姉の名義にする手続きもした。司法書士をしている従弟いとこも、「言ってくれたらいつでも手伝ったのに」と苦笑いしながら書類を用意してくれた。
「やだ。サイちゃん、まだ離婚してなかったの?」
 姉たちは手続きのために用意した書類の中にあったサイ子の戸籍が、まだ夫の戸籍であることをめざとく見つけて、おやおやと楽しそうに言った。姉たちは二人ともバツイチ、それぞれ事情も違うが離婚経験者だからずけずけと言う。
「お父さんのお葬式のときだって、サイちゃん一人で来て、もう別居して何年だと言ってたもんね」
「私なんて、別居するって決めたと同時くらいで離婚届サーッと出して、離婚が成立してから家を出たもんなのに」
 サイ子は夫ともう22年も別居していた。姉たちにおもしろおかしく言われても、ピンとこないくらい、夫の顔もうっすらしか思い出せないし、こういうことでもない限り、自分が「結婚している」ことにも気づかない。
「離婚なんて離婚届の用紙を出すだけなんだから。早くしちゃいなさいよ」
「そのうち、連絡するのもおっくうになっちゃうんだから」
 姉たちは好きなことを言う。母は「サイ子だけは、うまくいくかなと思ったのよ」とぽそっと言ったが、母が姉たちをたしなめているのか、サイ子にまでがっかりしているのか、それはわからなかった。
 サイ子は、地元の商業高校を出て、メーカーの営業所の事務員として就職した。営業マンから上がってくる発注の仕分け、伝票の整理、見積書の資料作りなど、細かい書類仕事はサイ子の性に合っていた。機械の処理やパソコンや仕事の内容が新しくなることについていくのも楽しかった。サイ子は今でもその会社で働いている。50代にさしかかりサイ子は「おつぼねさん」であるが、今はどこも新規で事務職の若い女子社員を雇うことを嫌がるし、昔のように「職場の花」の役割が求められるような時代でもない。有能な何でも知っている事務員としてサイ子は重宝されていた。
 サイ子が結婚したのは25歳のときだった。叔父の紹介で、見合いをしたのが夫だった。地元の中学の国語教師をしていた。人柄も優しく映画や小説に詳しく、見合いのあと何度か二人で会ったときは会話も弾んだ。サイ子も「特に問題がなければ結婚する」つもりでいたので、「特に問題がない」と思い、結婚することにした。見合いでも顔を合わせていたが、夫の両親に挨拶に行ったとき、夫の父親と母親の印象も良かった。地元の中学で校長をしているという夫の父親は、夫に似た話し好きで、両家顔合わせの宴席も、夫の父親を中心に場が和んだ。
 サイ子は、結婚しても子供が生まれるまでは仕事を続けるつもりでいたのだが、それは見合いのときから伝えており、夫も夫の両親も了承してくれていた。そろそろ見合いが流行らない時代にさしかかっており、サイ子の友人たちには「今の時代にお見合い!?」と言われたが、サイ子は結婚なんて就職みたいなもんなんだから、探り合いなくあらかじめ条件を突き合わせるお見合いのほうが合理的よと真顔で返した。サイ子が新入社員だった頃、世間はバブルの絶頂期だった。サイ子は、もともと派手なことは苦手だったが、18歳で社会人になり、20代前半、人並みに楽しい独身時代を過ごした実感はあったので、あとは安定志向でいいと割り切って考えていた。だから夫から「両親と同居での新婚生活」と言われたときは、「お見合いでそれは聞いていなかった」と思ったが、サイ子も会社勤めで昼間は家にいないし、料理や家事はむしろ夫の母親を頼れるから、それはそれで合理的かもしれないと、あまり悩まずに受け容れた。
 そして始まった新婚生活。夫と共に暮らす夫の実家は、かつては田舎と呼ばれたけれど、私鉄線の延伸により郊外と呼ばれるようになった地域だった。二階建ての家はけっして狭くはなかったが、夜になっての夫婦生活は、どこか乗りきれないものがあった。夫の両親に聞き耳を立てられているのではといったことはあまり気にしなかったが、サイ子自身が、同じ屋根の下に夫の両親という他人がいることを意識してしまい、どこか照れくさい気持ちになった。サイ子としては、むしろ、自分が生まれ育った家で、妻とセックスすることに躊躇ちゅうちょがない夫に、「この人には照れくさいという気持ちはないのだろうか」と思ってしまった。そんなだから、子供ができるまでは仕事をという期限がどんどん遠のくのだった。
 結婚して2回目の正月、義父が「子供は作る気にならないとできないというから」と言った。それまでの1年以上の同居生活の中、話し好きの義父だから、そのぶんカチンとくることを言われたり、気分の良くないことを言われたりすることもあった。ただその都度、サイ子は、義父はデリカシーがないのではなく、ついつい言ってしまう人なんだと思うようにしていた。少なくとも義父のことを悪い人だと思うことはなかった。
 でも、このとき、義父が言ったことは明らかにサイ子たち夫婦への、いやサイ子への不満だった。義父はその日、「母さんは、僕と同じで中学校の教員で、結婚してしばらく働いてはいたけど、退職して家事に専念するようになったら、子供を作ろうってなったからね」と言った。義母は「そんなこと、サイちゃんにまで言わなくても。サイちゃん気にしないでね」と言ってくれたが、義父は明らかに酔いに任せてその日はそれを言うつもりだったのだろう。
 教師の家だから、建前は重要だ。女性も仕事をする、男性も家事をする、子供は授かり物、親は子供に干渉しない……しかし建前と矛盾したとしても、かたくなな本音もまた隠さない家族だった。「古いかもしれないけど、うちは結婚しても同居だって決めていたから」「長男だから、将来はこの家を継ぐことになる」。そういえば、サイ子の夫もそういうことは口にしていた。
 サイ子は、そのときやっと、「この家に嫁いだ」ということを意識した。サイ子は就職するように夫と結婚し、合理的な理由で夫の両親と「同居した」と思っていた。しかしそれは建前であり、夫と夫の両親は、サイ子という気立てが良くて何事も器用にこなす娘であることを見合いで値踏みして、「家にふさわしい」と認めたからこそ、結婚することが決まってから「同居する」話をし、嫁として受け容れる形を整えたのだ。そういう意味では、後出しじゃんけんで「親との同居」を言われたことすら、特に異論を唱えなかったサイ子は、なかなか本当によくできた嫁だったのだ。
 サイ子は、夫のことは嫌いではなかった。ただ義父から「子供は作る気にならないと」と言われた正月から、ますます夫との夜の生活ができなくなった。もうそれは夫の両親のためにする作業であり、階下で寝息を立てている夫の両親を喜ばせるためのものでしかないように感じられた。求める夫を拒否すると夫は「でも……」という顔をした。それは自分がサイ子から拒否されたことの「でも……」という顔ではなく、「これをしなかったら両親に合わせる顔がない……」という「でも……」だった。
 三月になり、四月から夫の勤務する中学が替わることになった。義父も同じ市内の中学の校長だからそんなことはサイ子や夫が言わなくてもあらかじめ知っていることだった。サイ子は、ある日曜日、新聞の折り込みの新築分譲地の広告を義父に見せて、「こういう家にとりあえず、私たち夫婦で住んで、子供がある程度、大きくなるまで別に暮らしてもいいんじゃないか」と言った。その分譲地は、夫の新しい勤務先の近くだったが、今いる夫の実家からもそんなに遠くはなかった。サイ子は、夫との間で子供を持つためには、サイ子の年齢も考えて、子供を作りやすい環境を意識的に整えないといけないんじゃないかということを、義父に話したつもりだった。
 義父は、「サイ子さんは、うちの嫁としては、なかなか難しいんじゃないか」と言った。義父は声こそ荒らげていなかったが、怒っていることは目を見ればわかった。いつも通り義父の隣に座っていた義母は、「サイちゃんが仕事を辞めるっていうのも、子供を作るための環境なんじゃないの」と隠さずに本音を言った。サイ子は、自分の仕事が特別なものだとは思っていなかったが、少なくともこの両親と同じ屋根の下では、仕事を辞めたとしても子供を作るための生活はできないと思った。
 サイ子はその日の午後、夫に「私は、この家では子供は作れないと思うが、義父にそれを話したら怒られた」「仕事を辞めても子供は作れないと思うので、家を出ようと思う」「アナタももし、その気になったらあとからでも来てくれたらいい」というようなことを話した。よく考えたら、正月のときも、この日も、義父とサイ子の緊迫した場面に、なぜか夫は居合わせていなかった。
 幸いなことに、この家の建前が功を奏して、サイ子は、結婚前からの自分の貯金も、結婚中のサイ子の給料も、全部を持ったまま家を出ることができた。とりあえず職場に通いやすい駅に近いマンションを借りて暮らし始めた。夫にも合い鍵を渡し、「夫が考えを変えてくれるなら」という期待も込めた。しかし夫がサイ子のマンションに来ることはなかった。そのまま別居が始まり気づいたら22年が過ぎた。
(下)に続く

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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