2025.12.3
意識に意識されることで変わり続ける、意識の「不定性」とは? 量子科学技術研究開発機構・山田真希子インタビュー
意識は自分自身を観察する「再帰構造」を持っている
ここからいよいよ意識についての議論に入りましょう。
意識について語らられるとき、しばしば指摘されるのが「自分自身を観察の対象にできる」という再帰的な性質です。観察する主体と、観察される客体がイコールである、言い換えれば、観察の入力と観察の出力が同一のシステムの中で循環している、というかなり特殊な構造です。言語や「心の理論」についても再帰性が指摘されていることから、人間の認知一般において、この再帰構造が重要な役割を担っていることは間違いないでしょう。
この「自分自身を観察する自分」という意識の再帰構造は、古典的な哲学のなかにもすでに現れています。たとえばデカルトは、「我思う、ゆえに我あり(cogito, ergo sum)」という有名な命題によって、「思考している自分の存在だけは疑いえない」と主張しました。世界のあらゆるものを疑っても、「それを疑っている私」だけは確かな拠り所として残る、という考え方です。
私が取り組んでいるのは、この「自己をとらえる意識」というテーマを、量子認知の枠組みで捉え直すことです。デカルトが「考えている私(思惟する主体)」を知の出発点となる確実な基盤として位置づけたのに対して、ここではそのような主体を少し大づかみに「意識」と呼びながら、私はむしろ、意識が自分自身を観察することによって、意識そのものがつねに変化してしまう、という側面に注目しています。
量子認知の観点から見ると、自分の心の状態を振り返るという行為(メタ認知)は、量子力学における「観測」に少し似ています。あいまいなまま揺らいでいる心の状態が、「私はこう感じている」と言語化された瞬間に、どれかひとつの解釈へと「収縮」してしまう、というイメージです。
量子認知のモデルでは、「観察すること」が「観察されるもの」に影響を及ぼします。もし意識が自分自身を観察しているのだとしたら、「意識は、自分自身に絶えず影響を与えている」ことになってしまいます。これは非常に奇妙な構造です。
話が複雑になってきたので、ここまでの議論を改めて整理しましょう。
①量子認知のモデルでは、「観察すること」が「観察されるもの」に影響を及ぼす
②意識には、観察する主体と観察される客体が同一であるという再帰構造がある
③ ①②を組み合わせると、意識は、意識自身が意識自身に影響を与え続けている
ということになります。
つまり、意識は意識自身を再帰的に見ているのですが、そのことによって意識がその都度変化してしまうという。だとすると、意識を一つの「固定された対象」として捉えることは難しくなります。

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意識をめぐる「不定性」という考え方
私は、意識にはこうした特殊な構造があるからこそ、意識の議論は長年にわたり難問として残ってきたのではないか、と感じています。
これまでの多くの科学的枠組みは、「客観的に捉えられる、固定された対象」が存在すると仮定してきました。あらかじめ定まった対象があり、観察や実験によってその中身を解明していくのが科学の基本的なスタイルである、と。
しかし、意識に関しては、この枠組みをそのまま当てはめるのは適切ではないかもしれません。意識の場合、「観察される対象=観察する主体」であり、どのような問いかけや文脈から自己を観察するかによって、立ち上がってくる意識状態そのものが変わってしまうからです。私は、意識のこうした性質を「不定性」と呼んでいます。
ここでいう「不定性」は、「不確実性」とは異なります。「不確実性」は、どこかに確かな答えや状態があって、私たちはまだ十分にそれを知ることができていない、という前提に立っています。それに対して、私が意識について語る「不定性」は、あらかじめ一つに定まった意識状態や評価軸が存在する、という前提をいったん保留するという立場です。自己観察のたびごとに、意識状態はある一つの解釈へと「収縮」します。ただし、その収縮の仕方自体が、文脈や視点によって変わりうる。さらに、同じ観点から何度も自己観察を繰り返すと、先に述べた量子ゼノン効果の比喩のように、その解釈にしばらくとどまりやすくなる、という側面もあります。その意味で、意識はもともと「一意に決めきれない」構造をもっている、と考えています。構造も判断基準も、観察の過程の中で少しずつ更新され続けていくような「主体=客体」を、量子認知のモデルでどう記述できるのか。それが、私が意識研究で取り組みたい大きなテーマです。
これは、「意識」という特殊な対象に応じて、私たちの科学観そのものを少しアップデートしてみるという試みなのかもしれません。
次回連載第11回は1/7(水)公開予定です。
山田真希子(やまだ・まきこ)プロフィール
専門は認知神経科学・量子認知科学。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程終了後(博士(人間・環境学))、京都大学精神医学教室、シカゴ大学社会心理学教室にて日本学術振興会PDとして研究に従事。放射線医学研究所(現:量子科学技術研究開発機構QST)に着任後、JST さきがけ研究員を併任。現在、QSTチームリーダー/グループリーダー、東北大学大学院医学研究科客員教授、千葉大学量子生命構造創薬センター連携教授を務める。主観的経験の科学的理解を目指し、量子論的視点から心と脳のはたらきを再定義する「量子論的認知神経科学」の構築に取り組んでいる。こうした基礎研究の知見をもとに、ムーンショット目標9のプロジェクトマネージャー(PM)として、「前向きな心の実現」を支える新たな科学技術の創出と社会実装を推進している。
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