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せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――。落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション。

前回は、少年時代にハマった、ESPカードを発見した著者。今回は、きっとあなたも絶対に発見したことのある、落とし物界の冬の代名詞、手袋について――

手袋の落とし物は“冬の季語”“時候の挨拶”に認定すべきだ!

都内の路上で発見! 冬の落とし物界の大スター手袋、その1。(写真/ダーシマ)
都内の路上で発見! 冬の落とし物界の大スター手袋、その1。(写真/ダーシマ)

加藤晴彦以上に、冬の露出度が高い手袋の落とし物

所さんの経口補水液OS-1のCMを見かけなくなった。ミヤネ屋の女子アナが夏休みなので代わりに地方の女子アナがやってきてひょうきんさをアピールをすることもない。もう夏ではないのだ。

岩谷テンホーの漫画にマツタケが出てくる季節でもない。栗ご飯の素がスーパーの一角を占めるような季節も終わった。もう秋でもないのだ。

そう、もう冬なのだ。ラーメン屋の前にある湯気が出る大きな丼の看板にぬくもりを感じる季節なのであり、朝から狂言の稽古をする和泉元彌の息が白くなる季節であり、ささやき女将の息も白いから何か囁いていることがわかる季節でもあり、広瀬香美の歌声を耳にする機会も加藤晴彦を見る機会も多くなる季節なのだ。

そして、落ちている手袋を目にする機会が増える季節でもある。

落ちている手袋に関しては私が記憶する限り30年ほど前から言及されているので、今さらその理由などについて話すことはないのだが、ひとつだけ言っておきたいことがある。それは落ちている手袋は時候の挨拶になり得るということだ。

手袋その2。(写真/ダーシマ)
手袋その2。(写真/ダーシマ)

道に手袋が落ちているのを見かける今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

いかがだろう。これは立派な冬の挨拶ではないだろうか。もはや落ちている手袋は風物詩と言えよう。季語と言っても過言ではないかもしれない。

落ちている手袋が目立つ場所に置かれる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

親切な人が落ちている手袋を拾ってベンチの上に置いたり、駅前のクリスマスツリーにまるでオーナメントのように付けたり、モズのはやにえのように木の枝の上に置くなど、他の季節では見ることができない光景がある。やはり冬の挨拶なのだ。

手袋その3。(写真/ダーシマ)
手袋その3。(写真/ダーシマ)

手袋を片方なくしていることに気づく今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

手袋を片方落とすということは決して他人ごとではなく、自分にも起こり得ることなのだ。それを知る季節でもある。

手袋その4。(写真/ダーシマ)
手袋その4。(写真/ダーシマ)

踏まれ続けている手袋を見て「あれ俺のだ」と気づく今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

踏まれ続け汚れている手袋を見つけ、「ちょっと待って。あれ、俺の手袋だ!」となることも冬ならではだ。

他にも冬の挨拶はある。

手袋その5。(写真/ダーシマ)
手袋その5。(写真/ダーシマ)

落とし物ボックスに手袋が増える今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

鋪道の手袋が冷たい雨に濡れている今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

トム・ハンクスが写真を撮りまくる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

小さい手袋が落ちていて「持ち主の子は今頃泣いているのでは?」と思案する今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

落とし物にも季節がある。または落とし物から季節を知ることもあるのだ。

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せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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