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せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――。落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション。
前回は、たくさんのメモの落とし物を、路上詩人たちの作品として読み解いた著者。今回は、夏にぴったり、ファーストキスの味がするともいわれていたレモンの落とし物を発見したようで――

米津玄師? 梶井基次郎? 長渕剛が拒否した『週刊ザテレビジョン』の表紙用? レモンを落としたのは誰だ⁉

都内の路上にて発見した色鮮やかなレモン。ドラマ「カルテット」の4人が発見したら、どんな会話が展開されていたのだろうか?(写真/ダーシマ)
都内の路上にて発見した色鮮やかなレモン。ドラマ「カルテット」の4人が発見したら、どんな会話が展開されていたのだろうか?(写真/ダーシマ)

梶井基次郎なら、遠足に「レモンはおやつに入りますか?」と質問したのではないか?

レモンと私の関係は長い。

最初にレモンを意識したのはラブコメ漫画がきっかけだった。「ファーストキスはレモンの味」という記述が出てきたのだ。当時子どもだった私には衝撃的なことであり、ただの酸っぱい食べ物という考え方を変えてくれた。

私とレモンの距離を一気に縮めたのは、ロッテから発売された『クイッククエンチ』というガムである。このガムはレモン味で、そのほどよい酸っぱさの虜になり、毎日噛んでいた記憶がある。それはブルーベリー味のガムが発売されるまで続いた。田舎の子どもたちは「ブルーベリーって何だ!?」と驚いた。吉幾三の曲『俺ら東京さ行ぐだ』に出てくる「レーザーディスクは何者だ」と同じ状態である。恐る恐る口に入れると美味しくて、香りが良くて、それからはブルーベリー一色になった。

最近レモンに接する機会は居酒屋が多く、レモンサワーやレモンハイであったり、唐揚げに添えられたレモンだったりする。後者はレモンを搾る搾らない問題を生んだ。死ぬほど議論されているので多くは触れないが、私は完全に人任せ派である。

そんなレモンが落ちていた。なかなか道ばたで出合うことはない。

鮮やかな色を放っているレモンを見ながら考えることと言えばただ一つ。「なぜこんなところにレモンがあるのか?」である。

まず考えられるのはマネージャーだ。高校の体育会系の部活のマネージャーである。マネージャーと言えばレモンの蜂蜜漬けであり、それを作ろうと買ったレモンを落としてしまった可能性は十分ある。

また、レモンといえば『週刊ザテレビジョン』の表紙である。その撮影がここで行われ、レモンを忘れていったとも考えられる。もしくは、かつて長渕剛がレモンを持って撮影することを拒否して、結局使われなかったレモンかもしれない。

しかしレモンから連想されるといえばやはり梶井基次郎であろう。『檸檬』という作品を残している彼はレモンのイメージがとにかく強い。私の中で彼はレモンが大好きな男になっていて、「無人島にひとつだけ持っていくとしたら?」と聞かれたら「レモン!」と即答するんだろうなあとか、もしも梶井基次郎がアイドルグループにいたならイメージカラーは黄色だろうなあとか、梶井基次郎の目の前にレモンを吊したなら走るスピードがアップするんだろうなとか、梶井基次郎のオールナイトニッポンのノベルティはレモン、あるいはレモンステッカーで、番組中ではラジオネームじゃなくてレモンネームとか言っているんだろうなあとか、小学生の頃は遠足の前に「レモンはおやつに入りますか?」と聞いたんだろうなあとか、いつも勝手に想像している。

そんな彼がレモンを持って書店に向かっている途中で落としたのかもしれない。

いったい彼は何の本の上にレモンを置こうとしたのだろうか?

あ、『週刊ザテレビジョン』か。

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せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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