よみタイ

イナダシュンスケが〝世界一好き〟なラーメン店は鹿児島にあった

博覧強記の料理人、美味の迷宮を東奔西走す!
日本の「おいしさ」の地域差に迫る連載。

前回から始まったラーメン編。
今回は、稲田さんが「世界一好き」なある店のラーメンについて熱く語ります。

辺境から見たラーメン② とあるラーメン店の賛否両論

 今回も鹿児島ラーメンの話から始めます。前回も書いた通り、鹿児島ラーメンには統一的なスタイルがほぼありませんので、ここでは一軒のお店に絞って話を進めていこうと思います。そのお店の名は〔こむらさき〕。ちなみに熊本と宮崎にも同名のラーメン屋さんがありますが、それぞれは特に関係があるわけではありません。
 このお店をピックアップした理由は三つあります。
 ひとつは、こちらが現存する鹿児島のラーメンで2番目に古い店であり、今も昔も鹿児島を代表するラーメンと目されていると言ってもいい存在だからです。
 もうひとつは前回も少し触れた価格の話と関連します。2025年現在こちらの基本のラーメン(チャーシュー入り)は、1200円。ラーメンが高い鹿児島でも、おそらくこれは最高値です。全国のラーメン業界では何年か前から「千円の壁」ということがよく言われていますが、そんな言葉が生まれる遥か前から、こむらさきはその壁を易々と突破していました。
 三つ目の理由は、僕が一番好きなラーメンだからです。鹿児島ラーメンで一番というだけでなく、世の中にあるラーメンと名の付くものの中で一番好きです(キッパリ)。実を言うと、鹿児島に住んでいた頃は特別に好きというわけではなかったのですが、その後の帰省の際になぜか突然そのおいしさを完全に理解し、そして今に至ります。

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 そんなこむらさきのラーメン、本来ならばまずその味について具体的にざっと記すべきところですが、ここではあえて少し違う角度からそれを説明します。このラーメンの特徴を一言で言い表すならば「賛否両論」、この言葉に尽きます。
 ちょっとグーグルマップでこの店の口コミのページを開いてみてください。星5つが最も多いけど星1つもまた極端に多く、中間が妙に少ない、Z形にえぐれた見たこともないような評価分布にまず驚くと思います。次に(少し悪趣味ですが)「評価が低い順に並べる」のボタンを押してみてください。当然、星1つのレビューがズラズラと並ぶのですが、問題はその中身です。
 普通こういうレビューにおいて星1つという極端なレビューの内容は、実は料理よりも接客に対する不満がほとんどです。お店の不手際を悪意と解釈してしまった人々が、腹いせのように低評価を付けて「仕返し」をする構造ですね。しかしこむらさきの場合はさすがに(?)一味違います。ほとんどのものが、純粋に味そのものに対する不満なのです。そこでは値段の高さもその不満を増幅させています。
 なぜそのようなことが起こるのか。この場合の不満とは、言い換えれば戸惑いと違和感です。僕自身は自分の理解を超えた味に出会うと嬉しくて興奮してしまいますし、読者諸氏の中にもそういう人は結構いるのではないかと思いますが、そんなド変態は世の中ではごく少数です。普通は、違和感を覚えた時点で即「まずい」と判断してしまうもの。その違和感の正体を探ることが、こむらさきのラーメンの実像をあらわにし、そして同時に「日本人にとってラーメンとは何なのか」を浮き彫りにしていくはずです。今回はその作業を進めていきましょう。

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 低評価レビューの内容を丹念に見ていくと、人々が感じる違和感の中でも最大のものは、麺そのものに対してであることが読み取れます。「コシがない」「変わった匂いがする」「これはラーメンではなくそうめんなのでは」というような言葉が並んでいるのです。
 こむらさきの麺は真っ白な極細麺で、一般的にはラーメンに必須とされる「かんすい」が使われていません。しかもそれを一度蒸し麺にするのが、他ではまず見られない最大の特徴です。その結果として、いかにもラーメンらしい風味は無い、コシも無く柔らかな麺になります。そしてそこには(どうしてそうなるのか僕もさっぱりわからないのですが)どこか木箱で熟成させたそうめんを思わせるような独特の風味があります。低評価の人々が言っていること自体は、確かにその通り、と言わざるを得ません。
 またこのラーメンは、見た目からして一般的なラーメンとは大きく異なっています。丼を覆い尽くしているのはさっと茹でた千切りのキャベツ。そしてそこにこま切れのチャーシューが散らされています。各種の具が整然と並んだ普通のラーメンとは全く異なります。最近のラーメンは特に、ピンク色のレアチャーシューや整えられた麺線などで美しく高級感のある見た目が演出されがちなものですが、そういう世界とは無縁です。
 スープが塩辛い、というのも不満の一因となっているようです。これも確かにその通りかもしれません。しかしこれは前述の具材の独特さで回収されます。どういうことかと言うと、このラーメンは食べ方も少し独特なのです。食べる際には、丼の底から全体をよく混ぜて食べるのが基本であり、そのことは提供時にお店の方からも一言説明があります。スープを吸った柔麺をたっぷりのキャベツと共に頬張ることで、その味わいは完成するのです。
 しかし残念ながら、多くの人はお店の方の説明をあまりしっかり聞いてくれません。ラーメンなんて散々食べ慣れており、今更説明を聞く必要なんて無いと思うからでしょう。だからいつものように、まずはスープだけを啜ります。キャベツの水分と甘みで中和される前のそれは、当然しょっぱいです。直感的にまずいと思ってしまいかねません。その人はおそらくその後も、コシの無い麺と水っぽいキャベツを交互に食べ進め、時折しょっぱいスープを啜って顔をしかめ、合間に一見貧弱にしか見えない硬いチャーシューをつまみ、そして釈然としない気持ちがだんだん怒りに変わっていきます。そしてそのやるせない思いをグーグルマップにぶつけてしまうのです。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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