2024.10.19
沼津の名店は、あんかけスパゲッティ界の“シーラカンス”かもしれない
ローカルフード周圏論②
名古屋で生まれた独特な洋食スパゲッティは、一時はやや廃れそうにもなりましたが、「あんかけスパゲッティ」という名称を得たことで新たにローカルグルメと認知され、ブームに乗って復活・大躍進を果たしました。そしてその躍進の陰で、主流とは異なるタイプのそれは、残念ながら淘汰されていった、というのが前回までの話です。
淘汰された中には、主流のあんかけスパゲッティよりおそらく歴史自体は古いと推定される「ハーブ系」のあんかけスパゲッティがありました。僕がこれに初めて出会ったのは、愛知県ではなくお隣の岐阜県です。
岐阜駅からほど近い場所にあったその店のあんかけスパゲッティは、少なくとも主流のものとは大きく異なりました。とろみのある滑らかなソースが太麺スパゲッティにかかっている点は同じですが、トマトの酸味はほぼ無く、胡椒でスパイシーなわけでもありませんでした。その代わりに、ちょっとびっくりするくらいはっきりとハーブが効いていました。ハーブはおそらく乾燥ハーブで、ローズマリー、オレガノ、タイム、バジルといったあたりのミックスハーブです。今になって思えばそれこそが典型的なハーブ系あんかけスパゲッティです。
僕は面食らいつつも、この味はこの味でまるで硬派なビストロ系フレンチみたいでうまいなあとホクホクしていましたが、それにしても不思議なのは周りを埋め尽くす中高年男性中心のお客さんたちも、当たり前のように満足げにそれをモリモリ頬張っていたことでした。僕のこれまでの経験上、ハーブ、特に乾燥ローズマリーの風味は、とても好き嫌いが分かれます。そして、フランス料理を愛好するような一部のグルメ諸氏を別にすれば、男性には特に嫌われがちという経験則もあります。だからその店の光景は、とても不思議なものに思えました。少なくとも名古屋でこれはあり得ないだろう、とも。
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岐阜と名古屋は、少なくとも外食に関しては、とてもよく似た食文化を持っています。しかし不思議なことに、当時あんかけスパゲッティの店は岐阜市中心部にはほとんどありませんでした。ある時名古屋のローカルチェーンが進出するも、1年も経たずに撤退、ということもありました。
だから件の店は、極めて貴重な一軒でした。近隣の人々にとって洋食スパゲッティと言えばそれしかなかったわけで、時間をかけてその(最初はとっつきにくい)ハーブ風味に慣れ、そしてハマっていったのではないでしょうか。近くには繊維問屋街と呼ばれるアパレル系個人商店の集積地があり、そこのおしゃれな旦那衆は一般の人々より幾分ハイカラ志向だったというのも、もしかしたら支持を得やすかった理由のひとつかもしれません。
いずれにせよ、そのあたりにもっと早くからヨコイ系のお店が進出していれば、人々はもう少しとっつきやすく、おいしさがはっきりとしていてわかりやすい、そちらの方に流れたかもしれませんし、その店も対抗上、味を変える必要に迫られたかもしれません。
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その店は数年前、店主さんの引退と共に長い歴史に幕を閉じました。それは名古屋周辺におけるハーブ系あんかけスパゲッティという系譜の終焉をも意味しました。そこが最後の店だったのです。もう少し厳密に言うと、名古屋にはまだ僅かながらハーブ系の面影を微かにとどめている店や、それをリバイバル的に復活させようとチャレンジしているお店もあります。しかし、歴史を受け継いだ正統派と言えるお店は、ここが最後だったはずです。
さて、皆さまは僕がここまで少し勿体をつけた書き方をしていることにお気付きでしょうか。ハーブ系あんかけスパゲッティは「名古屋周辺」では途絶えた、と書きました。ということは、それ以外の地域に残っているということ?と、勘のいい方は気付いたかもしれません。実はその通りなのです。
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