2024.3.12
【中村憲剛×田中ウルヴェ京対談 前編】指導者や親は子どもたちに“感情のおなら”を出させてあげることが大切
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監督や指導者に「自分は要らないかも」と思う人は多い
ウルヴェ
そう言えばLINEグループで連絡を取るようになって、優斗と3人で食事に行きましたよね。そのときに聞いた、PKを蹴るときのメンタルの話はかなり興味深かったなあ。
中村
確かキッカーはなぜわざわざセンターサークルからペナルティマークまで歩かなきゃいけないのかっていう話をしましたよね。あそこまで歩く時間が余計に緊張を高めているので(笑)。
ウルヴェ
ボールなのか相手なのか蹴る足なのか、何を意識しているのかっていうことも含めていっぱい話をしてくれて、とても参考になりました。さすがの中村憲剛もPKは緊張するんだっていうことも(笑)。
中村
緊張っていうことで言えば、現役時代は緊張するのが良くないみたいな捉え方をしていた時期もありました。でもあらためて振り返ってみると、その考えは必要なかったかな。要は緊張を受け入れたうえでどうするかっていうところに行き着きましたから。
ウルヴェ
そういうフェーズはほとんどのアスリートにあると思いますよ。
中村
だからアカデミーの選手たちにも「緊張を受け入れてやったほうがいいよ」とかは別に言わなくていいかなって。たとえそれでうまくいっても、選手たち個人の中に残りづらいというか、逆に言わないでうまくいかなかったほうが一生、残るはず、ですから。痛い目じゃないけど、失敗みたいな経験はしたほうがいい。そう考えると、指導者の立場からは、だんだん言うことがなくなってくるんです(笑)。
ウルヴェ
私はいろんな競技の監督や指導者ともセッションをするんだけど、「自分は要らないんじゃないか」と言う方は結構います。でも、どういう意味かを尋ねていくと、選手たちの状況をちゃんと理解して、分かっているうえでの「要らない」なんだよね。
中村
僕も、自分のこと要らないんじゃないかって思うときありますよ。
ウルヴェ
つまり、見極めが重要ってことですよね。子どもたちに教えるときって、絶対に心は折れてほしくない。でも一方で、それこそ「もう心が折れる」という言葉が出てしまうほどの痛みを感じる経験はした方がいい理由はある。例えば痛みを経験しないと、どの痛みが軽傷でどれが重傷かの見極めが自分でできるようにはならないから。いろいろと経験はしてほしい。自信を失くすってことがどれほどつらいか、失敗することがいかに受け入れがたいか、試合の前に緊張してどれだけビビるか、とか。この子なら言っておこう、この子ならもう少し様子を見てみようとか、ギリギリまで待って判断したいですよね。
中村
それがまた難しいんですけど、自分の見る目を養っていかなきゃいけないですよね。見守り方と言いますか。
ウルヴェ
例を出すと緊張によって自分のパフォーマンスが出せないっていう中学生と話をしたとき、きちんと感情の言語化をしてもらったんです。どんなふうに緊張したの、いつ緊張したの、って。最初は「分からない」って言うんだけど、ちょっとずつ聞き出していくと、実はお母さんの言葉がプレッシャーになっていたことが分かりました。でも、その選手は、その感情を探って言葉にしたことで、お母さんのせいにはしたくないし、お母さんは自分のために言ってくれていると理解しました。そうしたら次の日、表情からしてガラッと変わったんですよね。
中村
京さんが言う“感情のおなら”ですね。
ウルヴェ
そう。感情というものはコントロールできないから、それをきちんと言語化しておならのように、ぷっと吐き出して理解できれば子どもたちも建設的に考えられるようになるんです。“感情のおなら”を出しやすい環境であればいいなとは思いますね。
中村
親が期待のあまり、結果的に子どもたちにプレッシャーを掛けてしまうことがあるかもしれませんけど、親というのは“感情のおなら”を促す存在でもありますよね。
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親が「子どものコンセント」でいることの重要さ
ウルヴェ
スポーツをやっている子を持つお母さんからよく「どんな言葉を掛ければいいでしょうか?」って聞かれます。でも私は、「何も掛けないであげてください」って言うの。
中村
その話、京さんからうかがったことあります。
ウルヴェ
極端に言えば「いってらっしゃい」「おかえり」「おつかれさま」があればいい。「頑張って」は言わなくていい。頑張りたくないときだってあるからね。
中村
子どもは存在してくれるだけでラブリーなんだから、本人が本人であることを認めてもらう場所があるかどうかが大事だ、と。
ウルヴェ
うわー、憲剛さん、いいこと言うね!
中村
いやいや、これは京さんが講義で言われたことです(笑)。
ウルヴェ
そうだっけ(笑)。よくお母さんたちには言うんです。「子どものコンセントでいてください」って。おかえりって迎えたら、「ママ聞いてよ」って勝手に差し込んでくるから。そうしたら初めて、「どうしたの?」って返してあげればいい。お母さんの存在ってよく太陽みたいって言うでしょ。でも太陽があまりに近すぎると熱くて焼けちゃう。だから太陽さんは近すぎないほうがいいんです。それともう一つ。太陽さん自体も充電しないといけない。ずっと太陽でいると疲れちゃうから、たまには月になって気分転換しないとね。
中村
これは京さんの母親としての経験談でもありますよね。ちなみに父親はどうすれば?
ウルヴェ
お父さんも同じく太陽でありコンセントであればいいと思いますよ。そのためには、例えば、お仕事で疲れた状態で帰宅する前にモードは切り替えてほしいかな。♪ラーララー♪とか歌いながら(笑)。お仕事モードだと交感神経が上がっているはずだから、一度リセットしてから、「ただいま」と。憲剛さんは、コンセントになっていますか?
中村
どうでしょう。僕は、子どもたちの手を持ったうえで、どんどん差してきてよって感じですかね(笑)。「今日どうだった? どんなことあった?」とか、子どもたちが小さいときからご飯を食べるときに僕から聞いちゃってます。何より僕自身が子どもたちの一日に凄く関心があるので。
ウルヴェ
関心があることは一番ですね。それがないのに、「勉強してるのか?」と聞いてしまうと、絶対にコンセントにはなれないから。よく「子どもに勉強させたいんですけど、どうすればいいですか?」と聞かれることもあるけど、そんなのそのお子さんにしか「親にどうして欲しいか」の答えはないんだから私には解決できない(笑)。そもそも学ぶことの楽しさを知っている親御さんなら「勉強させたい」という他人事ではなく子供と一緒に学び続けているはずです。誰かに何かをやらせたいって、無理やりやらせたって長続きはしないし、本当の意味で楽しくない。
中村
スポーツもそうですよね。やらされる努力は続かない。これをやらないとうまくならないって自分で必死にならないと。
ウルヴェ
話は戻りますけど、そのためには子どもたちがいろんな経験をしておくといいわけだから、親も指導者も見守ることってやっぱり大切です。
中村
このまま行ったら落とし穴にはまってしまうと思って(対処法を)言ってしまった後に、「これくらいの穴なら一度落ちたほうが良かったのかな……」って思うこともありました。
ウルヴェ
そう。落とし穴に落ちない人生を求めても、それは難しいですよ。いずれ成長して、もっと大きな穴に落ちたときに、上がり方が分からないから抜け出せなくなることだってあるわけだから。
中村
僕は少年時代、体が小さくて、細くて、思ったようにサッカーができなかった。でも大好きなサッカーを楽しくやっていくには、そのコンプレックスを受け入れざるを得なかったんですよね。まさに穴に落ちた感覚でしたよ。でもその穴からはい上がれた体験ができたから、高校、大学、プロでも、そうできました。
だからこそ悩みなく才能と勢いだけで上がっていく子どもたちには、大丈夫かなって見てしまうんです。体が大きくて足が速くても、カテゴリーが上がっていくとそんな選手はゴロゴロいます。だから、今のうちにちゃんと技術や判断を上げていこうと呼び掛けても、なかなか心に響かない。「はい」と返事はするんですけど、やっぱり分かるじゃないですか、これは真剣に思っていないなって。
ウルヴェ
憲剛さん、とても悩んでいてそれをちゃんと言語化できていらっしゃいますね。そうやって一生懸命あれこれ自分の経験を主観と客観で行ったり来たりされていること、素敵です。いい指導者になられると思いますよ。
後編に続く
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