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【中村憲剛×廣瀬俊朗対談 前編】大学、社会人、プロ…常にキャプテンだった二人のリーダーシップ論 

自分は自分と気づくときこそリーダーが変わっていく瞬間

中村 
トップリーグの東芝ブレイブルーパス時代、当時3連覇を果たした冨岡(鉄平)さんの後にキャプテンをやられて、最初のシーズンは真似をしたことでうまくいかなったという話を以前のリモート対談でうかがいました。

廣瀬
2007年のときですね。先人に学ぶことはいいと思うんですよ。ただ「学ぶ」と「真似る」はまったく違いますからね。僕が冨岡さんと同じことを言ったところで、チームメイトは本音でしゃべっているわけじゃないなって分かるわけですよ。そう伝わってしまうと良くない。心の奥にある本当の思いを伝えていくのが大事なんだろうなとその時は思いましたね。

中村 
うまくいかなかったときにそういう気づきを得たことが廣瀬さんにとってすごく大きかったんだなって感じます。心の底からにじみ出る言葉って、僕も大事だと思いますね。たとえば僕と廣瀬さんが同じことを言ってもそれぞれバックグラウンドが違う以上、受け取られ方も違ってきますから。

廣瀬
憲剛さんはどうだったんですか?

中村 
「キャプテンって何だろう?」と考えなくなったときに初めていい方向にいったのかな。いいキャプテンでありたいと考えているうちはおそらく良くないと思うんですよ。たとえば先ほど名前を出した小林悠で言うと、キャプテンだからもっと自分が引っ張らなきゃとかそういう思いが彼のなかにあったようなんです。でも「途中からその発想をやめた」と彼はコメントを出しているんですけど、自分が点を獲ることで引っ張るという形に変えてからはすごくゴールの数が伸びていった。まずはプレーで引っ張る背中を見せて、みんなへの声掛けは二の次というかそれができる人に任せたりと、人それぞれに適した形があるんだろうなとは改めて思ったし、自分なりのキャプテンシーを見つけていく必要性があるんだなと感じましたね。

廣瀬
日本代表で僕の後にキャプテンとなったリーチ(・マイケル)もプレーで引っ張っていける人ですね。プレーでガツンとやりますから、周りもついていこうって自然となる。その強みを大事にしながら、次にもうちょっと声を掛けていこうとかあると思うんです。確かにそれが逆転してしまって、まず声掛けをせなアカンとなると、自分の強みまで消えてしまうというのは、ありがちな良くないパターンですね。

中村 
人は人、自分は自分って気づくところが実はリーダーが変わっていく瞬間。自分なりのリーダー像みたいなものを見いだすというところですよね。だから「影響を受けたリーダーはいますか?」なんて聞かれることありますけど、そもそもみんな資質が違うわけだから、って思っちゃいます。

廣瀬
本当にその通りだと思います。僕は割と言葉にして伝えて、「みんな、よしやろうぜ」という雰囲気をつくりたいタイプでした。言葉で表現する人もいれば、プレーで表現する人もいる。人それぞれですからね。

中村 
僕も向上する集団、よりよい集団であるような空気感をつくる言動はしていたつもり。それをリーダーシップと言われればそうかもしれませんね。

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新刊紹介

中村憲剛

なかむら・けんご●1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒。
2003年、川崎フロンターレに入団。20年の引退まで同チーム一筋のレジェンド。Jリーグベストイレブン8回。16年にはMVPも受賞。日本代表国際Aマッチ68試合出場6得点。10年南アフリカW杯、出場。最新刊『ラストパス』は現在4刷で話題。
公式ブログ■中村憲剛オフィシャルブログ
公式X@kengo19801031
公式インスタグラムkengo19801031

廣瀬俊朗

ひろせ・としあき●1981年10月17日生まれ、大阪府出身。北野高校、慶應義塾大学理工学部卒。2004年、東芝ブレイブルーパス入団。高校日本代表や日本代表などすべてのチームで主将を務める。15年、ラグビーW杯イングランド大会メンバー。16年、引退。
19年、東芝を退社し、(株)HiRAKU 設立。現在は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科でキャプテンシーの研究に取り組むほか、スポーツの普及、教育、食、健康に重点をおいた様々なプロジェクトを進めている。
著書に『なんのために勝つのか。ラグビー日本代表を結束させたリーダーシップ論』(東洋館出版社)などがある。
公式ツイッター@toshiaki1017

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