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サッカー、ラグビー、バスケ…競技の枠を取り払って一緒にやることも大切な時代に 【廣瀬俊朗×中村憲剛対談 後編】

中村憲剛さんと廣瀬俊朗さん。サッカー界とラグビー界のレジェンド対談は“後半戦”に入ります。
前編ではキャプテンシー、リーダーシップ論についてたっぷり語ったふたり。後編では大学時代のキャプテン経験に話がおよび、日本スポーツ界の今、そして未来へとテーマが進んでいきます。

中村さんは川崎フロンターレのFRO(フロンターレリレーションズオーガナイザー)として普及、育成活動にとどまらず、クラブの様々な活動に携わっています。一方の廣瀬さんはタッチラグビーや車いすラグビー、ブラインドラグビーなどすべてのラグビーの交流、普及を目的として立ち上がったNPO法人「ONE RUGBY」理事長、ケニアにおける教育支援、雇用支援に取り組むNPO法人「Doooooooo」理事、他競技においても「B.LEAGUE応援キャプテン」を務めていた、など多方面で活躍されています。

マインドを共有する同世代の2人が語る、これからの日本スポーツ界の在り方とは――。

(取材・構成/二宮寿朗 撮影/熊谷 貫)

前編より続く)

大学時代のキャプテン成功体験はプロでも役立った

中村 
以前、雑誌の対談でちょっと話をしましたけど、廣瀬さんは慶應義塾大学のラグビー部でキャプテンを務めていたとき、120人くらいを束ねていたんですよね?

廣瀬
かなり難しかったですね。慶應は、幼稚舎出身の人、地方出身の人などそれぞれ背景が違いますし「120人もどうすんねん」って(笑)。練習メニューも考えなければならないし、全員に分け隔てなく接するのは難しいと思って、優先順位として上のチーム(を見る)というのはある程度仕方のないところではあったんですけど、やっぱりみんなを見ていかないとあかんやろと思って、日々格闘していましたね。

中村 
僕がいた中央大学サッカー部は50人くらい。練習メニューは監督・コーチが決めるので考える必要もなかったし、廣瀬さんと比べれば(束ねる)人数も全然違うけど、人としての成長という意味では4年生時のキャプテンの経験が僕のサッカーキャリアのなかでも、ものすごく大きかった1年になりました。

廣瀬
その時代の憲剛さんの話、興味あります。

中村 
3年生の関東大学サッカーリーグで中央大学が、創部史上初めて2部に降格することが決まり、そこでキャプテンになった僕としてもやっぱり1年で1部に戻さないといけない。当然ですがOBからのプレッシャーもものすごくて(笑)。2部に落ちたことをキッカケに、そこでまず自分がこれまで部を見てきて、改善すべきだなと思うところは同級生のみんなと相談しながら、見直しを図っていきました。

廣瀬
たとえば?

中村 
当時、部員一人ひとりの役割が不透明だったんですね。誰かはやっていて、誰かはやってないみたいな。やっぱり50何人合わせてひとつの部なので、全員になにかしらの役割をやってもらって、全員に部にかかわってもらうようにしました。部員一人ひとりに帰属意識だったり当事者意識を持ってもらいたくて。あと4年生がしっかりと部に貢献すること。そうしないと下がついてこないので、そこは4年生が機能していこうよ、と。その新体制でスタートして紆余曲折ありましたが、みんなの頑張りもあり何とか1年で1部に復帰できました。

廣瀬
素晴らしいと思います。僕の場合は、今振り返ると周りと一緒になってやっていこうみたいなところはうまくできなかった。プレーで引っ張れていたので、そこで頑張っていこう、と。そういう意識が強かったとは思います。

中村 
誤解を招かないようにしたいですが、プロでのキャプテンより、大学のキャプテンのときのほうが大変だったように感じますね。結果に対する様々な責任はもちろんプロのほうが大きいですけど、その仕事量というか。プロはみんな意識が近いところにあるから同じ方向にいきやすい。でも大学は違う意識の選手も少なくないので、そういう選手たちもあの手この手を使って巻き込んでいかないといけない。

廣瀬
すごく分かりますね。

中村 
この成功体験はプロになってから役立ちましたよ。

廣瀬
僕もそうです。大学ふくめてラグビーでキャプテンをやってきたから、いま何をやるにしても周りがどんな気持ちでやっているのかとか常に気にしていますし、そもそも何のためにやるのかという最初のコンセプトをとても大事にしています。

中村 
廣瀬さんは広く見えるタイプだし、束ねるのがうまいですよ。

廣瀬
いや「ONE RUGBY」(※タッチラグビーや車いすラグビー、ブラインドラグビーなどすべてのラグビーの交流、普及を目的として設立したNPO法人)でも、周りに助けてもらっている部分が大きいですよ。ただ、確かにスポーツ系のプロジェクトだと、マインドが似ている人が多いので割とうまくいきやすい感じはあります。

中村 
僕は引退してまだ1年も経ってませんが、自分をいろんな形に変えながらサッカー界だけじゃなくスポーツ界全体に貢献したい、還元したいっていう気持ちが強いです。そこの”ワンピース”になりたいというか。だから廣瀬さんの色々な活動を知って、メチャクチャ勉強になります。こうやって話すだけで見聞が広まっていく感覚が自分のなかにありますし、将来、何かしらの形でつながっていくような気がします。

廣瀬
ぜひ何か一緒にやっていければ僕もうれしいです。

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中村憲剛

なかむら・けんご●1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒。
2003年、川崎フロンターレに入団。20年の引退まで同チーム一筋のレジェンド。Jリーグベストイレブン8回。16年にはMVPも受賞。日本代表国際Aマッチ68試合出場6得点。10年南アフリカW杯、出場。最新刊『ラストパス』は現在4刷で話題。
公式ブログ■中村憲剛オフィシャルブログ
公式ツイッター@kengo19801031
公式インスタグラムkengo19801031

廣瀬俊朗

ひろせ・としあき●1981年10月17日生まれ、大阪府出身。北野高校、慶應義塾大学理工学部卒。2004年、東芝ブレイブルーパス入団。高校日本代表や日本代表などすべてのチームで主将を務める。15年、ラグビーW杯イングランド大会メンバー。16年、引退。
19年、東芝を退社し、(株)HiRAKU 設立。現在は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科でキャプテンシーの研究に取り組むほか、スポーツの普及、教育、食、健康に重点をおいた様々なプロジェクトを進めている。
著書に『なんのために勝つのか。ラグビー日本代表を結束させたリーダーシップ論』(東洋館出版社)などがある。
公式ツイッター@toshiaki1017

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