よみタイ

美容院探しとヘアスタイル

 そんなとき新型コロナウイルスの感染拡大があり、その店からも遠ざかって、髪が伸びるままにしていた。気になるところをちょこちょこと、自分で切っていたら、ボブスタイルになった。何とか感染状況も落ち着き、新しい店も開拓できなかったので、仕方なく同じ店でショートカットにしてもらおうとしたら、
「せっかくここまで伸びたのだから、もったいないからボブスタイルにしたらどうですか。髪質にも合っていると思うので」
 と彼女がいった。私は「伸びたからもったいない」という言葉にひっかかった。ヘアスタイルは、もったいないとか、もったいなくないで決める問題ではない。伸びたとしても、短いほうがよければ、思いきりカットするのが、切る方の姿勢なのではないかと思ったが、ボブスタイルは若い頃にずっとしていたこともあり、まあ、それでもいいかと、カットしてもらった。最後にうなじの毛を電気カミソリで整えてくれるのだが、力を入れすぎるのか、首に痛みが走った。家に帰っても痛むので見てみたら、横に赤く血がにじんでいた。
 そのうえカットができなかった間、ずっと使っていたシャンプーがリニューアルされ、続けて使っていたら髪質がどんどん変わってきてしまった。髪の毛に腰がなくなり、妙にへなへなになってきて、全体的にべったりとした感じになった。これはいやだなと思い、次に店に行ったときに、再度、
「前のようなショートカットにして欲しい」
 と頼んだ。すると彼女はものすごくあわてて、
「いや、今のスタイルがいちばんいいですから。似合っていますし。変えなくてもいいんじゃないですか」
 という。それでは相談に乗りましょうという態度ではなかった。それを見た私は、
(この人は、私の新しいヘアスタイルを考えるのが面倒くさくなったのだな)
 とわかった。また短くしたら、あっちが跳ねる、こっちが跳ねるといわれそうだし、今のスタイルだと全体的に落ち着いているんだから、いいじゃないかという理屈なのだろう。私がひねくれているのかもしれないが、もうその年齢なのだから、今のままで問題ないのならそれでいいじゃないかといわれているような気がしたのだった。でも私自身がもう飽きているし、若い頃は似合っていたかもしれないけれど、今は似合ってないと思っている。しばらく私は考えていたが、
「わかりました、それでは伸びた分だけカットしてください」
 といって、過去の様々な事柄を思い出しつつ、この店に来るのは、これで最後にしようと決めたのだった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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