よみタイ

冬の手荒れとタイツに浮かぶ謎の筋

27年ぶりの引っ越しにともなう不要品整理。溜まりに溜まったものを処分し厳選するなかで、残したもの、そばに置いておきたいものとは。そして、来るべき七十代へ向けて、すること、しないこととは。
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。

版画/岩渕俊彦

第10回 冬の手荒れとタイツに浮かぶ謎の筋

版画:岩渕俊彦
版画:岩渕俊彦

 スマホのホームボタンを押しても起動せず、パスコードを入力して開けるようになると、「ああ、指先が荒れてきたんだな」
と認識する。
 冬の手荒れには、中年以降、毎年悩まされていた。もともと手指が乾燥しやすかったところに、ここ何年かの新型コロナウイルスの感染拡大で、頻繁にアルコール消毒を求められるようになった。外出から帰ると、家でも手洗い用に、アルコール入りの液体石けんを使っているために、手荒れがひどくなっていった。
 二十代、三十代の頃は、とても寒い日は手袋をしていたけれど、ハンドクリームを塗った記憶がない。当時のハンドクリームは、塗ると手がべたべたになるものがほとんどで、気軽にこまめに塗りたくなるようなものではなかった。クリームを塗った手で本を扱うと、油分のついた指跡がページにしみついてしまうし、編み物をしようとしても、針や毛糸に付着するので、習慣にはならなかった。しかしこんな面倒くさがりなのは私くらいで、多くの女性たちは手を洗ったりして水を触る機会があると、こまめにハンドクリームをすり込んで手入れをしていた。それを目撃するたびに、
「みんな偉いなあ」
 と感心していた。でも私はやらなかった。そしてその結果、私の手は荒れ放題になったのである。
 その後、ハンドクリームの質も向上してきて、塗ってもべたつきが少ないものが売られるようになった。そこでドラッグストアに行って、たくさんの種類のなかから、よさそうなもの、人がいいといっているものを買ってくるのだけれど、「当たり」を見つけるのは難しかった。
 他人が使っていいといっていても、使ってみたらそれほど効果がないものも多かった。顔と違って手の皮膚にはそれほど個人差はなさそうに思っていたが、体を覆っている皮膚は一枚なので、顔と同じように手の皮膚も人それぞれらしい。そんななかでとても使い心地がよく、私の手に効果があるハンドクリームがあったのだけれど、それを塗っていると、まだ若かった飼いネコがとてもいやがったのが、大きな問題だった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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