よみタイ

着物の手入れとセルフレジへの当惑

 私が日常的にわかっていないことは何だろうかと考えたら、たくさん出てきた。最近、店舗でよく使われているらしい、セルフレジというものがわからないし、使ったこともない。新型コロナウイルスの感染拡大があってからは、二千円以上支払うスーパーマーケットなどでは、クレジットカードを使っているけれど、スマホにはキャッシュレス機能は持たせていない。千円以下の買い物はすべて現金にしている。
 こんな状態で日常の支払いを済ませているのに、セルフレジというものが出現したとニュースで知ったとき、
「絶対に私はそれで買い物ができない」
 と絶望しつつ妙な自信を持った。機械を相手にしてスムーズに、買ったものの商品情報を読みとらせ、精算して店を出るなんて、考えられない。セルフレジのある店には入らないようにしようと決めていた。
 うちの最寄り駅の駅前に、大きな書店がある。そこに行ったら店員さんがいるレジカウンターの隣に、今まではなかったセルフレジが設置してあった。
(書店にもセルフレジが……)
 と驚いたのだが、書店でも人員削減などの理由で、セルフレジを導入するのは当たり前なのだ。欲しい本がみつかってレジに向かったら、中高年の男女、五、六人が並んでいた。店員さんが、
「よろしければセルフレジもお使いください」
 と声をかけるのだけれど、誰も移動しようとはしない。私も最後尾に並んだまま、
(あれはどうやって使うのか?)
 と、じーっとセルフレジを見つめていた。すると背後から私よりも年長の男性がやってきて、当たり前のようにセルフレジの前に立ち、さっさと処理をして本をかばんに入れて去っていった。私を含めた中高年数人は、同時に、
「はあ~」
 と驚きとも感嘆ともつかない息を吐いて、去っていく彼の後ろ姿を見送ったのだった。
 店に店員さんがいる限り、私は対面でお金を支払おうと決めていたのに、コンビニに行って消しゴムを買い、目の前の店員さんに現金を払おうとしたら、
「こちらでお願いします」
 と横にある機械を手で示された。バーコードつきの書類で振り込みなどをする際に、金額の確認で画面上の「OK」の四角い表示ボタンを押したことはあるが、そこに現金を投入したことはない。後ろに人も並んでいたので、あせりながら、お札を挿入するところを探していると、
「現金でしたら、こちらの表示を押してください」
 といわれた。「現金」の表示を押し、店員さんが、現金はこちらへと教えてくれたので、そこに入れるとスムーズに吸い込まれた。あとは金額の確認表示を押したら、おつりがじゃらじゃらと出てきた。ちょっとだけ時間はかかったが、店員さんの誘導のおかげで、それほど後ろの人に迷惑はかかっていなかったと思うが、待っている人からすると、
「おばちゃん、何やってんだ」
 とあきれられたかもしれない。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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