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家族とはどんな存在ですか? 第5便 「家族」を書く理由

クォンさんから村井さんへ

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 理子さんへ

 お便り、ありがとうございます!

 理子さんからのお便りが少し遅れていたので、何かとお忙しくされているのだろうと感じていました。実は私も翻訳した本の校正が何冊分も一度に届き、慌ただしい十二月を過ごしていました。こうしてお互いに頑張っていると思うと、心強いです。

 お便りを読んでいると、琵琶湖の周辺の風景が目に浮かびます。寒い朝にテオを散歩させている理子さん、大変な思いをされていることでしょう。でも、都会に住む私にとっては、琵琶湖での生活がうらやましい限りです。一日中机に向かって仕事をする職業では、テオのおかげで体を動かす機会があるというのは、とてもありがたいことですね。玄関先にさえほとんど出ない私はこのままだと机に向かうお化けになってしまいそうです(泣)。

 理子さんの「家族とはどんな存在ですか?」という質問に、話したいことがたくさん浮かんできました。正直なところ、私はどうしても家族にポジティブなイメージを抱くことができません。実は、一年前に母の葬儀を終えた後、実家の家族と距離を置くことになり、それから一度も連絡を取ることはありませんでした。それでも、血のつながりがあるせいでしょうか、時々ふと元気にしているのだろうかと気にかかることがあります。家族と縁を切った理由については、また機会があればお話しさせていただきますね。

 両親は私が二十代半ばまで銭湯を営んでいました。一見すると裕福そうに見える環境でしたが、実際の生活は常に厳しいものでした。それは、両親が子どもたちの教育よりもお金を稼ぐことを大切にしていたからです。私は五人きょうだいの末っ子ですが、幼い頃、こんな妄想をよくしていました。ドラマのように突然、本当の親が現れて、「実は私たちが君の親なんだ」と言ってくれたらどんなにいいだろう、と。もちろん、大人になってからはそんなことを考えなくなりました。以前もお話ししましたが、私は親孝行DNAを持つ娘で、喜んで両親の晩年をしっかり支えましたよ。

 二人とも亡くなった今、振り返ると、両親は日本の植民地時代に貧しい農家に生まれ、学校教育を受けられなかったために無知だっただけで、そして、その貧しさから抜け出すためにお金を稼ぐことに必死だっただけで、悪い親ではなかったのだと感じます。少なくとも、私たちを飢えさせることもなく(机は買ってくれませんでしたが)、暴力を振るうこともなく(関心もありませんでしたが)、大学まで行かせてくれました(そこまででしたが……)。私にとっては普通の親だったと思います。ただ、きょうだいたちにとってはまた違ったかもしれません。
 母は晩年に認知症を患いましたが、亡くなる数日前にこんなことを呟きました。
「あまりに貧しく、食べていくのに精一杯で、あんたたちに構ってやれなかった。許してください。ごめんなさい」
 その言葉は私に向けられたものではなく、虚空に向かって誰かに話しているものでした。おそらく、縁を切り、姿を見せなくなった姉たちに向けた言葉だったのでしょう。

 理子さんのお母様のお話を聞いて、随分と昔のことなのに胸が痛みます。それは、理子さんのお気持ちも、お母様のお気持ちも、どちらも理解できるからでしょうか。そして、娘のジョンが小学生だった頃に交わした会話を思い出しました。娘と一緒にテレビを見ていて、主人公が再婚するシーンが流れたとき、娘が「ママ、再婚したら通報するからね!」と言いました。それに私は、「じゃあ、靜河が勉強ができなかったらママ、再婚するからね」と笑って返したのを覚えています。
 母と二人で暮らしていて、もし母に彼氏ができたら、幼い娘にとってはまるで世界が崩れるように感じるでしょうね。幸いなのか、それとも残念なのか、私には再婚どころか恋愛のチャンスすらありませんでしたが。
 もうすぐ三十歳になる娘は、もしかしたら「母に彼氏ができたらいいのに」なんて思っているかもしれません。母の老後を一人で支えるのはきっと大変ですから(笑)。

 この〝親孝行なのであまり幸せではない娘″は、「ママ、お正月の初日の出を見に行こう!」と言って、韓国で日の出スポットとして有名なカンウォンチョンドンジンにあるサンクルーズホテルを予約してくれました。隠せない親孝行のDNAです。

 理子さん、二〇二四年は本当に特別な一年だったのではないでしょうか。ハリーが虹の橋を渡るという、とても悲しい出来事もありましたが、お仕事の面では素晴らしい成果を残されましたね。理子さんの活躍に、ただただ感心し、勇気をもらっています。
 私にとって二〇二四年の一番のビッグニュースは、『よみタイ』で往復書簡を連載させていただけたことです。これは間違いなく、理子さんとのご縁があったからです。そしてさらに遡れば、ハリーのおかげでもあります。本当にありがとう、ハリー。

 新年あけましておめでとうございます!
 二〇二五年はさらに輝かしい一年になりますように。そしてこれからも、お互いの思いや日々をメールに綴りながら、訳して、書いて、楽しみつつ、素敵な文通を続けていきましょうね。

ナミ

「CNNが選んだ、一生に一度は行くべき不思議なホテル」として紹介された 正東津のサンクルーズホテル
「CNNが選んだ、一生に一度は行くべき不思議なホテル」として紹介された 正東津のサンクルーズホテル
江原道(チョンドンジン)のある食堂で。メインの魚煮込みが出る前の「基本おかず」
江原道(チョンドンジン)のある食堂で。メインの魚煮込みが出る前の「基本おかず」

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*次回は2月11日(火)公開予定です。

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それぞれに個性的な母たちを活写する話題作!

癌の闘病ののちに亡くなった実母、高齢の義父とふたりで暮らす認知症が加速度的に進行する義母。昭和時代を必死で駆け抜けた女性ふたりの人生をたどる。

書籍『実母と義母』の詳細はこちらから

好評既刊『兄の終い』『全員悪人』『家族』をめぐる濃厚エピソードと40冊

実兄の突然死をめぐる『兄の終い』、認知症の義母を描く『全員悪人』、壊れてしまった実家の家族について触れた『家族』。大反響のエッセイを連発する、人気翻訳家の村井理子さん。認知症が進行する義母の介護、双子の息子たちの高校受験、積み重なりゆく仕事、長引くコロナ禍……ハプニング続きの日々のなかで、愛犬のラブラドール、ハリーを横に開くのは。読書家としても知られる著者の読書案内を兼ねた濃厚エピソード満載のエッセイ集。

書籍『本を読んだら散歩に行こう』の詳細はこちらから

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クォン・ナミ(權南姬)

クォン・ナミ(權南姬)
1966年、大邱生まれ。韓国を代表する日本文芸の翻訳家でエッセイスト。主な訳書に、村上春樹『パン屋再襲撃』『村上ラヂオ』、小川糸『食堂かたつむり』『ツバキ文具店』、恩田陸『夜のピクニック』、群ようこ『かもめ食堂』、天童荒太『悼む人』、益田ミリ『僕の姉ちゃん』シリーズ、角田光代『紙の月』、三浦しをん『舟を編む』、東野圭吾『宿命』、ヨシタケシンスケ『メメンとモリ』、 鈴木のりたけ『大ピンチずかん1,、2』など翻訳歴約32年の間に300冊以上を担当。著書に、エッセイ『ひとりだから楽しい仕事』『翻訳に生きて死んで』(日本語版平凡社刊)、『面倒だけど、幸せになってみようか』『ある日、心の中にナムを植えた My Dog's Diary』『スターバックス日記』 などがある。

권남희
1966년, 대구 출생. 일본문학번역가, 에세이스트. 지은 책으로 『번역에 살고 죽고』 『귀찮지만 행복해볼까』『혼자여서 좋은 직업』『어느 날 마음속에 나무를 심었다』『스타벅스 일기』가 있으며, 옮긴 책으로 『빵가게재습격』『무라카미 라디오』『밤의 피크닉』『달팽이식당』『츠바키 문구점』『카모메식당』 『애도하는 사람』 『종이달』 『배를 엮다』 『누구』『라이온의 간식』 『숙명』 『무라카미 T』 『메멘토모리』 『위기탈출도감1,2』 외에 많은 작품이 있다.






村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』『義父母の介護』『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』など。主な訳書に『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『ラストコールの殺人鬼』『射精責任』など。

무라이 리코
1970년, 시즈오카현 출생. 번역가, 에세이스트. 주요 저서로 『오빠가 죽었다』 『낯선 여자가 매일 집에 온다』 『필요 없지만 고마워: 항상 무언가에 쫓기고, 누군가를 위해 지쳐있는 우리를 구원하는 기술』 『하리, 커다란 행복』 『가족』 『빨리 혼자가 되고 싶어!』 『무라이 씨 집의 생활』 『무라이 씨 집의 꽉꽉 채운 오븐구이』 『부시 망언록』 『갱년기 장애인 줄 알았는데 중병이었던 이야기』 『책 읽고 나서 산책 가자』 『쌍둥이 엄마 분투기』 『어느 번역가의 홀린 듯한 일상』 『시부모 간병』 등이 있다. 주요 번역서로는 『요리가 자연스러워지는 쿠킹 클래스』 『어둠 속으로 사라진 골든 스테이트 킬러』 『메이드의 수첩』 『배움의 발견』 『포식자: 전 미국을 경악하게 한, 잠복하는 연쇄 살인마』 『사라진 모험가』 『라스트 콜의 살인마』 『사정 책임』 등이 있다.

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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