2023.5.25
斬首、殴打…彼女たちはなぜこのような行為に出たか 第8回 ファム・ファタル(宿命の女)というレッテルを貼られた女性たち
アルプス以北の地域で人気を博した、教訓的な意味を含む世俗画に、年齢差のある恋人たちを描いたものがある。十六世紀ネーデルラントの画家、クエンティン・マセイスの手になる〈不釣り合いなカップル〉(一五二〇―二五年頃)がその一つだ。黒い画面内で、暗青色の服に赤い頭巾姿の老人が、歯の抜けた口を緩ませ、好色な眼差しを向けつつ、若い女性の大きくはだけた胸元に左手を伸ばしている。苔色のドレスをまとう若い女性は、本心を窺わせない微笑を浮かべつつも、右手で老人の顎にそっと触れている。しかし、誘惑のしぐさとは裏腹に、女の思惑は別のところにあった。革製の財布をつかんだ左手は背後に回され、道化姿の若い男に手渡そうとする。彼は女性の恋人にして、かついかさま行為の共犯者でもあった。その証拠に、男の前に重ねられたトランプの札と硬貨は(1)、賭け事を暗示している。ここに描かれているのは、金銭を目的とした偽りの恋愛なのだ。そして、耳付きの頭巾という道化の装いによって、この関係の背徳と愚かしさが強調されているのだろう。
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十五世紀後半から十六世紀前半にかけ、特にドイツの版画でこの主題はよく取り上げられている。不釣り合いな恋人たちとして老人と若い娘、あるいは老女と若者という組合わせが描かれてきた。そこでは年寄りが見せる好色さに、若い方は金銭を交換条件に応えるなど、極端に年齢差のある恋人たちの愛情には裏があると示されている。特に多いのが前者の組み合わせであり、老人は愛欲に支配された愚者、若い女性は強欲な誘惑者として描かれているのが普通だった。時に、若い女性はきらびやかに装い、娼婦と区別がつかないこともある。その場合、娼婦の取り持ち役の老女が一緒に描かれた。例えば、父と同様この主題を幾つも手掛けた息子のヤン・マセイスの〈不釣り合いなカップル〉(一五六六年)は、明らかに娼家を舞台としている。老人と娼婦、女主人のいる室内の様子を、客引きの老女が扉口から窺っている(1)。好色な客を迎える女性の顔はにこやかな笑みに彩られているが、その愛想のよさは卓上にある杯の中の金貨がもたらしたものであることは一目瞭然であった(2)。老人の背後で、女主人の右手は奇妙なしぐさを見せている。人差し指と中指の間に入れた親指は、性的な暗喩を示すものであった(3)。また、パンや果物を並べた食卓は(4)、娼家の客のもてなしを表した版画でよく見られ、鸚鵡と猿は性的欲望の寓意として置かれている(5)(6)。
この主題の絵画は、十六世紀前後の社会状況を映し出していると捉えられてきた。愛情ではなく経済的な繋がりが優先され、少なからぬ若い女性が、財力のある老人と結婚せざるをえなかった。しかし、絵の中では一方的に、自らの若さと美で男性を籠絡する女性像が用いられ、金銭の蕩尽や不道徳な関係などへの警告を繰り返していたのである。
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