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美術史上初の静物の描き手、カラヴァッジョが絵の中に込めたものとは 第4回 失われゆくもの、移ろうものの表現者たち

<大使たち>にひしめくように置かれた静物が伝えるもの

 この虚しさを表す静物は、他の絵画でも巧みに織り込まれている。ハンス・ホルバイン(子)の手になる〈大使たち〉(一五三三年)もまた、さまざまな静物を取り込んだ肖像画である。鮮やかな緑の壁布の前に佇む二人の男性のうち、左の豪奢で世俗的な服装の人物は、フランスの大使ジャン・ド・ダントヴィユであり、右の聖職者とおぼしき人物は、ラヴール司教のジョルジュ・ド・セルヴとみなされている。服装から明らかなように、この二人は世俗と信仰を、それぞれ対比的に象徴しているのだった。
 二人の間にある棚には、様々な静物がひしめくように置かれている。全天の星座を記した天球儀、円筒形と多面体の形をした日時計、四分儀(1)など、上の棚に置かれているのは天文学や占星学に関わりの深い道具である。それに対し、下の棚にあるのは地球儀、楽譜や書物、リュートとばらばらにされたフルート(2)で、こちらは地理学や音楽を象徴しているとされた。そのために、これらの静物は、二人の男性の教養の高さを示すものと考えられてきた。さらによく見れば、上下の棚で静物の扱いが異なることに気づくだろう。上の棚は模様入りの紅い布に覆われ、そこに天体にまつわる道具が整然と並べられているのに、下の棚では地球儀が転倒し、リュートの弦の一本は切れている。また、組み立てられていないフルートも、リュートと同様に奏でることはできない。そして左側の男性の横に、磔刑たっけい像(3)が掛かっていることも踏まえると、上の棚の静物は、普遍性を備えた神や星辰など天上世界を表しているが、下の棚は移ろいゆく地上を象徴していると考えられる。転倒した地球儀も壊れた楽器や、音楽という感覚的なものも全て、ひと時の儚さを表しているのだ。
 そして、この絵画を大きく特徴づけるのは、画面下に描かれた歪んだ頭蓋骨(4)である。正面からの視点では、この引き伸ばされた形が意味するものは分からないが、ある角度から見ると正しく形が浮かび上がる仕掛けが施されている。これは十五世紀ルネサンス期に生み出された「アナモルフォーシス」という技法であった。この頭蓋骨というモチーフは、「メメント・モリ(死を忘れることなかれ)」という主題の作品で多く用いられてきた。例えば、アルブレヒト・デューラーの〈書斎の聖ヒエロニムス〉(一五二一年)において、聖人の左手の人差し指は頭蓋骨へと真っ直ぐ伸ばされ、観る者の注意を促している。「メメント・モリ」もまた、黒死病や戦争、飢饉などによって人の命が大量に失われたという背景において手掛けられた主題で、どんな人間も死から逃れられないことを思い出させる意図が込められていた。身分や地位に関係なく襲い掛かる死を象徴する頭蓋骨は、人文主義者の肖像画にも組み込まれ、この世の享楽にうつつをぬかすことへの警告として機能することになる。この死すべき宿命というモチーフもまた、倒れた地球儀や弦の切れた楽器と同様、人間の生の儚さの寓意として用いられている。そのために、〈大使たち〉において、下の棚に置かれた静物と結びつきつつ、磔刑像と共に、訪れる死と復活を示唆するものともなっているのだろう。

ハンス・ホルバイン(子)〈大使たち〉1533年 イギリス、ロンドン[ナショナル・ギャラリー]
ハンス・ホルバイン(子)〈大使たち〉1533年 イギリス、ロンドン[ナショナル・ギャラリー]
右上より左回りで、(1)四分儀(3)磔刑像(2)地球儀、楽譜や書物、リュートとばらばらにされたフルート(4)歪んだ頭蓋骨
右上より左回りで、(1)四分儀(3)磔刑像(2)地球儀、楽譜や書物、リュートとばらばらにされたフルート(4)歪んだ頭蓋骨
アルブレヒト・デューラー〈書斎の聖ヒエロニムス〉1521年 ポルトガル、リスボン[国立古美術館]
アルブレヒト・デューラー〈書斎の聖ヒエロニムス〉1521年 ポルトガル、リスボン[国立古美術館]
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石沢麻依

1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部で心理学を学び、同大学院文学研究科で西洋美術史を専攻、修士課程を修了。2017年からドイツのハイデルベルク大学の大学院の博士課程においてルネサンス美術を専攻している。
2021年「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞、第165回芥川賞を受賞。
著書に『貝に続く場所にて』『月の三相』がある。

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