よみタイ

画家の目と絵筆を通して鮮やかによみがえる、土地の姿と営みと 第2回 時間と空間を再現する風景描写

 同様に聖書の場面と都市景観を組み合わせたのが、十五世紀後半に活躍したヴェネツィア派の画家ジョヴァンニ・ベッリーニの手になる〈ピエタ〉(一五〇五年頃)である。「ピエタ」という主題は、キリストの亡骸を抱えて嘆き悲しむ聖母マリアを扱うもので、絵画や彫刻でも多く取り上げられてきた。ベッリーニの描く聖母とキリストの姿は、明らかにミケランジェロの大理石彫刻像〈ピエタ〉(一四九八―一五〇〇年頃)の影響を受けているだろう。
 ベッリーニの〈ピエタ〉の風景は、象徴と写実性の織り成す自然表現と、実在の都市の特徴が組み合わさっている。荒野の草地は聖母の閉ざされた庭を示唆し、精緻に描かれた植物は、この哀悼の図像に意味を添えている。前面の砂地に葉を広げる蒲公英たんぽぽが象徴するのはキリストの受難であり、白いいちごの花は正義、すみれが表すのは謙譲であった。そして、キリストの横に見られる切り株は、エデンの園の生命の樹と同時に、磔刑の十字架を組み立てるための材木をも象徴している。また、遠く連なる丘陵に横たわる街並みには、ヴェネツィア周辺やその他の都市の幾つかのモニュメントが組み込まれていた。この都市景観図にはヴィチェンツァのパラディアナ聖堂と塔や、ラヴェンナのサンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂の鐘楼しょうろう、チヴィダーレのディアボロ橋が確認できる。

ジョヴァンニ・ベリーニ(イタリア) 〈ピエタ〉1505‐1510年頃 イタリア、ヴェネツィア[アカデミア美術館]
ジョヴァンニ・ベリーニ(イタリア) 〈ピエタ〉1505‐1510年頃 イタリア、ヴェネツィア[アカデミア美術館]
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新刊紹介

石沢麻依

1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部で心理学を学び、同大学院文学研究科で西洋美術史を専攻、修士課程を修了。2017年からドイツのハイデルベルク大学の大学院の博士課程においてルネサンス美術を専攻している。
2021年「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞、第165回芥川賞を受賞。
著書に『貝に続く場所にて』『月の三相』がある。

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