よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」

毛糸のパンツを編む

 ぜひこの美しい肌着セットを編みたいと思い、押し入れの毛糸が入っている箱の中を探したら、極細の毛糸が出てきた。本と同じ糸は手に入らないので、手持ちのものでいちばん細い毛糸を使うしかなかった。もともと体にぴったりする服は着ないし、多少のゆるみがあっても平気なのだけれど、あまりぼてぼてするのは格好悪い。なるべく薄手なのがいいのだけれど、細い糸でたくさんの目数を編むのは、年齢的にもきつくなってきたのが心配だった。
 でもどうしても編みたいので、チャレンジすることにした。若い頃、一度、夏の羽織物の下に着るタンクトップをコットンの糸で編んだ。しかし着ているうちにどんどん肩の部分が伸びてきて、結果的にレスリングの男性用ウエアみたいになってしまったので、今回はそれは避けたかった。肩紐が細いデザインのキャミソールのほうが紐が伸びたとしても、寸法を直すのが簡単そうだし、透かし編みの肌着には、タンクトップよりもキャミソールのほうが繊細な雰囲気が合うのではと思った。本体をリブ編みというゴム編みで編む方法もあるのだが、それだと暖かいかもしれないが、やや地厚になる。アウターでは似合わないから、肌着でほとんど編んだことがない透かし編みを楽しめばいいと、うれしくなってきたのである。
 よくよく編み方を見ると、いちばん細い針から二番目に細い、1号針で編んであり、キャミソールの裾のスカラップ部分が前後合わせて二百九十目、ボディのほうは二百七十目と、なかなかの目数だった。毛糸のパンツのときは、極細よりも太い糸だったし、目数もこれほど多くなかった。ふだん編んでいるセーターは、前後で二百から二百三十目がせいぜいなので、すでに老眼になっている私に、これが編めるのだろうかとまた不安になってきた。
 しかしやるしかなく、細い針に細い毛糸でゲージという試し編みをしてみると、それが何回やっても指定の寸法にならない。私は編む手の調子がゆるいので、いつも指定の針よりも二段階細い針で編んで調整しているのだが、今回は1号の下は0号しかないのでそれで編んでもやはり大きくなってしまう。もっと細い針は国産では作られていないので、靴下を編むときに使う、外国製の細い金属の針を使って、少しは指定のゲージに近づいたものの、まだ大きいので製図をもとから調整しなければならなくなった。それでも二百三十目以上は編まなくてはならない。
 いざ作り目をしようとしても、それすら終わらない。数えているうちにわけがわからなくなり、キャミソールを編む第一歩さえ踏み出せないのだ。また最初から、一、二、と数えて確認するのはいいのだが、数えるたびに目数が違うという恐ろしい事態になった。それをまたいったんほどいて、何度も数を数えてやっと作り目ができた。日中に仕事をし、夕食後にこれをやっていたらどっと疲れてしまい、その日は作り目だけで終わった。
 翌日、気を取り直して、編みはじめたのだが、これがまた模様を覚えるまで、編み目記号と首っ引きで、手元から本が離せない。そこではじめて、
「透かし編みは編み目を数えるのが、とっても面倒くさい」
 と思い出したのだった。透かし編みの透けの部分は、編まないで針に糸をかけただけで編み進む。そして次の段でその針に糸をかけただけの部分を編むと、穴があいた状態になり、それが透けになるのである。私が好きでよく編んでいる透けがほとんどない地模様は、目数を間違えればすぐにわかるのだが、透かし編みはまず全体の透けた柄が把握できていないと、ひと目ずれているかいないかが、とてもわかりづらい。作り目の数さえ間違えてしまう私である。これがスムーズにいくわけがなく、
「あれ? 何か変」
 と首を傾げたのも一度や二度ではない。もちろんひと目間違えたら、すべての模様が崩れてしまう。一段につき二百数十回、それが百二十段以上。つまり三万回以上も編むなかで、一回のミスも許されないのだ。おまけに糸がとても細いときているので、毎段、
「えーと、えーと」
 といいながら、端から端まで確認する。また途中でいくつまで数えたかがわからなくなり、最初からはじめる。その繰り返しだった。
 最近はできると思ったものができなくなっているのに、これは最初からできないとよくわかった。ということはいつまでたってもできないと悟った。そこで買ってきた模様編みの本のなかで、いくつか気に入った模様を選び、もう少し太めの糸で、全体が二百三十目程度で収まるものの製図をはじめた。しかし試し編みをしてみると、糸がやや太くなっただけで、キャミソールの繊細さは薄れて、もろに毛糸の肌着になった。私の求めていたものとは違う。でも私には当初のやり方で編み続けられる能力も気力もない。こうなったら何枚も編んだ、なじみのある毛糸のパンツの糸でキャミソールも編み、やぶれかぶれの、めちゃくちゃ暖かいけれどもダサいお揃いにしてしまおうかと考えている。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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