よみタイ

村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
翻訳家の村井理子さんによるエッセイ『兄の終い』。
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いた話題作です。
『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』など、数多くの注目翻訳作品を手掛ける村井さんが琵琶湖畔に暮らして、今年で15年になりました。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と送る賑やかな毎日―。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

金色の目をした黒猫の残像—四十年後、迷い猫がやってきた

 ずいぶん前の話になるが、私が十歳ぐらいのころ、わが家には一匹の黒猫がいた。誰が名付けたのかはわからないが、名前は陳念ちんねんだった。真っ黒くて、痩せていて、尻尾がまっすぐ長かった。赤くて細い革の首輪に、金色の鈴をつけていた。その鈴とお揃いの金色の目をしたきれいな猫だった。
 私は子どものころから、動物といえばなんでも好きだった。一番好きなのは、鳥。その次が猫で、そして犬だった。だから、いつの間にかわが家に住み着いた陳念のことを、とてもかわいがっていた記憶がある。小さなお茶碗をふたつ用意し、ひとつにはお水を、もうひとつには、かつおぶしを混ぜたごはんだとか、キャットフードだとかを入れていたような記憶がある。私がとても大事にするから、陳念は私によく懐いていた。わが家で陳念を大切に扱うのは私だけで、私以外の家族はあの猫のことを嫌っていた。黒猫だったからだ。不吉だとでも思ったのだろう。
 今でこそ猫も室内飼いが増えたが、当時、猫は家を自由に出入りするような存在だった。ふらりと出て行っては、ふらりと戻る。時には、ケンカをしたのか耳が少し欠けた姿で戻ったりする。ひっかき傷を作っていたこともある。ある時は、ノミだらけの状態で戻り、当時住んでいた狭い家の畳の上を跳ぶ、小さくて黒い虫を追いかけ回した記憶がある。そんなことがあったものだから、陳念は余計に邪魔者扱いをされるようになり、外でニャーニャーと大声で鳴いても、母は陳念のためにドアを開けなくなった。だから、私がいつも、母の目を盗んで勝手口を開け、陳念を家の中に入れ、自室に招き入れては一緒に過ごしていた。
 陳念が戻ってこなくなってしまったら悲しいから、私は駅前にあった金物店に行き、赤くて細い首輪を買った。金色の鈴がついている。これだったら真っ黒い陳念によく似合うはず。遠くから見てもあの子だとすぐにわかる。夜、暗い道路を歩いていても、この首輪と鈴があったら車に轢かれたり、自転車に撥ねられたりすることなんて絶対にない。私はそう考えて、貯めたおこづかいを握りしめて、首輪を買ったというわけだ。
 しかし陳念は、突然姿を消した。三日待っても戻らず、私は不安になった。朝起きて陳念を捜し、学校から戻ると公園まで行っては黒い姿を捜し、夜は何度も勝手口を開けて、陳念がドアの隙間をするりと通り抜けて戻ってくる姿を想像した。でも、陳念は何週間待っても戻らなかった。今でもはっきりと記憶に残っているほど、はっきりとその胸の痛みを思い出せるほど、私は、心の底から悲しんだ。そして1ヶ月過ぎ、2ヶ月が過ぎ、とうとう、一度も姿を現さないまま一年が過ぎた。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。最新刊は『兄の終い』 。主な著書に『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』など。
最新刊は、エッセイ集『村井さんちの生活』(新潮社)と、翻訳書『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』(双葉社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

週間ランキング 今読まれているホットな記事