よみタイ

酒井順子「言葉のあとさき」

「本当」の嘘っぽさ

 私も、「本当に」という表現には本当にお世話になっている者です。正直者とはいえ、時には他人が口走る善意の嘘に同調してみたり、思っていることを言わずに飲み込んだりすることもある。そのような自覚があるからこそ、真実を伝えたい時には「本当に」を多用して強調するのですが、しかし「本当に」を使えば使うほど、言っていることの真実味が薄くなるような気も、しております。
「本当」は、どこまで本当なのか。「本当」こそ、本当は嘘くさいのではないか。……という「本当」に対する疑いは、
「うっそー」
「本当?」
 を連発していた頃から、既に持っていたような気がします。たとえば恋愛に手を染めるようになった頃、恋バナにうつつを抜かしていると、友人の中でも恋愛経験値が高い子が、
「でもさ、みんなはまだ、本当に人を好きになったことがないんじゃないの?」
 などとアンニュイに問いかけてきたものでした。激しい恋愛を経験したことがある人は、他者の恋愛が上っ面だけの非・本物に見えたのでしょう。
 経験値の高い人からそう言われると、「確かに自分、恋愛ってものをしてみたいだけなのかもしれず、相手に対する恋情が本当かどうかと言われると、全く自信はありません」と黙るしかなかったのですが、一方で「本当に人を好きになる」ってどういうことなのだ、とも思っていた。
 私のみならず、若者の恋愛は大抵、「相手を本当に好きか否か」というよりも、
「相手が自分のことを好きになってくれたので、まあいいかと思ったから」
「ここらで人生初セックスをしておかないとまずいのではないかと思ったから」
「みんなが恋愛してるから」
「相手のレベルと自分のレベルが釣り合っているから」
 といった軽微な足がかりから発生するものであり、交際を続ける理由も、実は恋愛感情からではなく所有欲求からだったりしたもの。そんな恋愛庶民に対して、
「本当に人を好きになったことがあるのか」
 と問う人は当然、「私はありますけどね」という自信を持っているわけで、その発言によって「本当」を知る人と知らない人の間に、格差が発生しました。
 恋愛のみならず
「あなたは本当の○○を知っているのか」
 と問う人は皆、激しい○○体験を持っており、かつその体験に誇りを持っています。壮絶な人生経験を持つ人は「本当の苦労」や「本当の悲しみ」を他人に問うし、
「あなたはまだ、自分と本当に向き合ったことがないでしょ?」
 と言った人は、夫の不倫で苦労して、自分の底知れぬ嫉妬心と向き合わざるを得なくなった人だったっけ。
 はたまた女性誌は、
「あなたは本当のセックスの快楽を知っていますか」
 といった見出しで、我々を脅しました。あなたがしているセックスなど、子供だましに過ぎない。めくるめく本当の快楽を知らないままに老いていって、いいの?……と、読者の焦燥感を掻き立てたのです。

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』など多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事