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酒井順子「言葉のあとさき」

「OL」は進化するのか

 男と女の区別をはっきりさせたくてたまらない日本にも、しかしジェンダーレス化の波は届いています。だいぶ前から「女流」という言葉は使用されなくなっていますし、「女優」ではなく「俳優」の肩書きで活動する女性の俳優も増えている。OLを名乗る人が減っているのも、自然な流れでしょう。
 しかし仕事から離れたところに目を移すと、女に「女」マークを貼らずにはいられないという日本人の癖は、まだまだ続いている、と言うよりも、むしろ強まっているのでした。「〇〇女子」とか「〇〇女」といった言い方が流行っているのは、その表れでしょう。
 それは、鉄道好きの女性が「鉄子」などと言われるようになった頃から始まった現象かと思いますが、男性が主に愛好する趣味嗜好のジャンルに興味を示す女性に、その手の名前はつきがちです。
「カープ女子」や「仏像女子」、「ウマ女」に「リケ女」に「ドボ女」……と、「若い女性なのに、男っぽい/渋いジャンルに興味を持っている」「女なのにこんな道に進んでいる」という女を言い表す言葉は、増殖しています。看護婦が看護師になって、保母が保育士になったくらいのことは簡単にうずもれてしまうほど、ナントカ女子が誕生しているのです。
 私も先日、京都の地味な史跡に行く時にタクシーを使用したところ、運転手さんに、
「お客さん、ひょっとして歴女?」
 と言われたのでした。私は自分が歴女であるという認識が無いので、
「え? あ? ははは……」
 と、日本女性のたしなみであるイエスともノーとも取れる曖昧な笑みで応えたのですが、内心では「歴史は、嫌いではない。が、別に歴女とかってわけではないんだけどな……」と思っていた。
 もちろん、運転手さんに悪気はありません。「近頃、歴女という言葉が流行っているらしいから、使ってみようか」くらいの感覚だったのだと思う。むしろ運転手さんとしては、褒め言葉感覚で「歴女?」と言ってくれたという可能性もありましょう。
「歴女?」と言われてもやもやしている時に思ったのは、「イクメンと呼ばれる人って、こんな感覚なのかも」ということでした。そもそもは女がすることと思われている育児に積極的に参加している男性が「イクメン」ですから、言葉の構造としては「〇〇女子」と同じ。
 気づけば私も、
「僕は家事も育児も、やってますよ」
 と語る男性に対して、
「偉いね、イクメンなんだ」
 などと言っているのですが、しかし彼はイクメン呼ばわりされることを、どう受け止めているのでしょう。
 家事と育児を夫婦で分担するのは、楽なことではありません。離婚まで行きそうな凄絶喧嘩の末に分担の割合や方法を決め、出世はある程度諦めた気持ちになって家事・育児と仕事を両立させているのかもしれない。そんな人のことを、
「イクメンなんだ」
 と軽くくくってしまっては、失礼なのではないか。
 妻は会社に通っているのに対して自分は家で仕事をしているので、結果的に多くの家事・育児を担っている男性によると、
「最近の若い父親が、子供を風呂に入れたくらいでイクメン顔をしていると、イラッとする」
 のだそう。育児をしている男をひとくくりにしないでほしい、と。
 そうして私は、少数派に名前をつけて分別することを、自分もレジャー感覚で楽しんでいたと気づくのです。カテゴライズという行為は、する方は楽しいけれどされた方はさほど楽しくないことを、よく知っているというのに。
 レジャーとしてのカテゴライズ行為は、そのカテゴリーの中に存在する様々な濃淡やら凹凸やらを、ツルッと平板化します。だからこそ、
「私、歴女なんです」
 と自称したい人はいいとしても、
「歴女?」
 と言われると微妙な気持ちになるのだと思う。
 OLやキャリアウーマンもまた、同様。どのような職種であろうと働くことには陰影が付きまとい、「気楽」「バリバリ」程度の言語で二分されるものではありません。OLは、そしてバリキャリは、今までその名称で呼ばれることに対して、微妙な気持ちを抱え続けてきたのではないか。
「OL進化論」には、気楽そうに見えるOL生活の前後左右に潜む悲喜劇が描かれています。四コマ漫画は、涙よりも笑いを誘うのに適した形態ですので、クスッと/ニヤッと笑える話ばかりですが、その一本を長編漫画にしたとしたら、たくさんの涙や怒りのエピソードが浮かび上がってくるに違いない。
 だというのにBGからOLに変わって五十年以上、というより「職業婦人」の頃から考えれば百年以上、日本人は「OL」的な言葉にツルッとしたイメージを持ち続けてきました。勝手なイメージにうんざりしながらも、仕方なく女性達は、「OL」と呼ばれ続けてきたのではないか。
 働く女性のあり方は人それぞれであり、それはもはや、単純な言葉でくくることができなくなっています。OLという言葉が消える頃、日本人は「職業婦人」から百年続いている、「働く女は特殊な女」という思い込みから自由になることができるのではないかと、私は思います。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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