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酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏が綴る、意表を突きながらも納得尽くしの日本語分析。

「はえ」たり「ばえ」たり

言葉のあとさき 第10 回

 コロナ時代となってから、リモート会議に参加することがたまにあるのですが、最初に気になったのは、「背景、どうする」という問題でした。個人情報を雄弁に物語ってしまうとか、あまりに生活感が溢れる背景は、リモート飲み会であればともかく、会議にはあまり適しません。一定のシンプルさが、会議の背景には求められましょう。
 初めてリモート会議に参加する前、私は仕事場の椅子に座って、パソコンのカメラに映る自分を眺めてみました。すると自分の背後にある台に積み上げられた本が、いかんせん気になります。資料として読んでいた「『若者の性』白書」とか「熟女の旅」といった本が、変なアピールをしているかのよう。
 これはまずい、とパソコンを動かしてカメラが映し出す範囲を少しずつずらしていくうちに、うまいこと本が除外され、かつ部屋がすっきりと広く見える角度を発見しました。積み上がった本に全く手を触れずして、部屋がきれいに見えるようになったのです。
 以来、私はリモート会議の時はその角度でパソコンを設置するようにしています。もし家に人を招くとしたら、部屋を必死に片付けなくてはなりませんが、リモートではパソコンをずらすだけでどうにかなるとは、実にありがたい。
 また、どこかに集まって会議をする場合は、全身の身なりを整えなくてはなりませんが、リモート会議において整えるべきは、上半身だけ。下半身は、軍パンとかのびのびズボンに裸足といった部屋着ののままでいることができます。会社員の友人は、リモートワークによるストッキングからの解放を、「何よりも嬉しい」と寿ことほいでいましたっけ。
 パソコンのカメラの角度を少し変えるだけで部屋の印象が激変する現象を見て、私は「これも、一種の『映え』のテクニックなのではないか」と思ったことでした。カメラが映し出す範囲の五センチ横には「熟女の旅」とか、室内干し用の物干しがあるのに、そんなことは微塵も感じさせない、この絶妙な角度。映っているものだけを真実に見せるのが、映像の世界です。
 子供の頃からネット社会に接していた若者達は、会議であれ飲み会であれ、リモートでもきれいに見えるようにと照明器具を買ったり、それ用のメイクをしたりしているようです。ネット社会も実社会も「社会」に変わりないのだから、ネットだからといって外見をなおざりにする気にはならないのでしょう。
 大人になってからネットと出会った私などは、「ま、ネットは適当でいいんじゃないの」とパソコンの前に座り、案の定パッとしない顔が画面に映るのですが、しかし思い返してみれば、スマホやパソコンなど存在しない時代には「写真うつり」という言葉があったのでした。我が十代の時代、自分の姿が何かに「うつる」と言ったら、せいぜい写真。その写真にいかに良くうつるかという角度や表情を研究する人もいたものです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』など多数。

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