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酒井順子「言葉のあとさき」

「OL」は進化するのか

「家事手伝い」という言葉を若者は知らないかと思いますが、これは家政婦さんのことではなく、実家の家事を手伝っているという意味。シンプルに言うなら「無職」です。
 それでは「ニート」と同じ意味? と思うかもしれませんが、「家事手伝い」は「そう遠くない未来に結婚する、否、せねばならぬ」と思っている女性だけに許される肩書きでした。学校を卒業してから結婚して専業主婦になるまでの間、料理などの花嫁修業をして過ごす女性が、「無職」と名乗るのもナンだったので「家事手伝い」と自称していたのです。
「家事手伝い」を名乗る若い女性は、昭和の末期、一九八〇年代の半ば頃まで細々と存在していました。しかし男女雇用機会均等法が施行される頃にもなると、学校教育を修了した女性は皆、仕事に就くことが当たり前になり、一部のうえかたなどには存在していたのかもしれないけれど、「家事手伝い」の人はほぼ絶滅したのです。 
「OL進化論」の連載がスタートした一九八九年は、そんな時代でした。そしてこの漫画で取り上げたのが、「OL」の日常であったことには、その三年前に施行された男女雇用機会均等法が関係しているように思います。
 昭和末期までは、企業に就職した女性は、特殊な専門職の人を除けば皆「OL」でした。が、均等法の施行によって、女性は男並みに働く「総合職」コースと、従来型の「一般職」「事務職」と呼ばれるコースとに分かれるようになったのであり、何となく「OL」とは後者を指すもの、という意識が生まれたのです。
 総合職の女性は、「自分はOLではなく、会社員なのだ。OLは、定時に帰ることができる人のことでしょう?」という自負を持っていました。その手の女性は、「バリバリと働くキャリアウーマン」、略して「バリキャリ」などと称されていたものです。「いたものです」と言うよりも、今もって職務に熱心で有能な女性には、「バリバリ」というオノマトペがつきもの。同じように働く男性が「バリバリと働くキャリアマン」とは言われないことを考えると、現在もなお、男と同等の能力をもって働く女が存在することは椿事ちんじであり、女が働くことは「本来の姿ではない」と捉えている人が多いことを示していましょう。
 かくして、男性仕様でできている企業の中で、女性は「バリバリと働くキャリアウーマン」と「気楽なOL」とに分断されました。仕事の内容はもちろん、給与体系も異なりますし、総合職女性はスーツなど私服を着ているけれど一般職女性は制服、という会社も。OLと言われていた女性達は、男性だけでなく、同性のキャリアウーマンの面倒をもみてあげなくてはならなくなったという複雑な時代に始まった「OL進化論」、「OLは気楽なだけの仕事ではない」ということを示しました。
「バリキャリ」と「OL」の立場は異なりますが、しかしどちらの呼称も、会社という男性のために作られたシステム上の異物感を示す言葉である部分は、変わりありません。前者からは、かつての南アフリカにおける名誉白人的な空気が漂うし、後者からは、会社という戦場で呑気にしていられる人、的なお気楽ムードが漂い続ける。働く意欲がどうであれ、「女」という異物を自分達と混ぜることはできない、という意思が感じられます。
 それは会社員に限ったことではありません。「女優」「女流作家」「女医」「女教師」と、働く女の呼称には、とにかく「女である」という但し書きをつけて、きっちりと区別していた我が国。七歳になったら男女は席を同じうせず、という儒教の影響のせいで、男は男、女は女と分け置かれた方が安心するのか。はたまた、俳優や作家や医者や教師である前に「女」なのだということを、女に忘れさせないようにするためなのか。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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