よみタイ

酒井順子「言葉のあとさき」

コロナとの「戦い」

 では第二次世界大戦時、ドイツとお仲間であった我が国も「戦争」表現を忌避するかといったら、そうではありませんでした。それは別によいのですが、「不屈の覚悟で戦い抜かなければならない」と首相に呼びかけられても、今ひとつこちらの気持ちが鼓舞されなかったことは、事実です。それよりも志村けんさんの死の方が、弔い合戦的な感覚で「気を引き締めなくては」という思いを生むきっかけに。
 国民の士気を高めようとする首相の語りかけが何故、効かないのかと考えてみますと、まずは首相自身が「戦い慣れていなさそう」というところがありましょう。首相は戦後生まれですから、先の戦争のことは知りません。のみならず彼は、人生における戦いも、あまり経験していなさそうです。小学校から大学までエスカレーター式で進学し、受験戦争とは無縁。会社員をしていた時期も少しあったようですが、父の死後は、政治家という家業を継ぐことに。長州には盤石の地盤がありますから、選挙戦もいつも安心して臨むことができたでしょう。
 もしも本当の戦争になったら尋常でない力を発揮しそうなトランプ大統領や、年齢的に言っても、ほとんど神の領域に入りつつあるエリザベス女王などと比べると、安倍首相はいかにも、
「戦おう!」
 といった発言が似合わないのです。
 むしろその手の言葉がしっくりくるのは、小池百合子東京都知事なのでした。小池さんはといえば、いつも誰かと対決しています。都知事選挙の時は他候補のみならず、自身が所属していた自民党とも対決。見事勝利して都知事になってからは都議会と対決、オリンピックの招致では森喜朗と対決……と、戦いを忌避しないタイプであり、勝つためには手段を選ばずに戦う印象があります。
 コロナ流行後は、常事態宣言をどうするという時、休業の範囲について国と対決していました。布マスクを国民に配布する、と首相が発表した後も、小池知事は、手作り風のマスクや不織布のマスクを使用し、マスクにおいても首相には阿諛あゆしないというアピールをしていたのです。
 図らずも、戦時の指揮官としての適性をあぶり出すコロナですが、適性はどうあれ多くの人々から、
「コロナと戦え!」
 と鼓舞され、テレビ番組などでも毎日のように、
「コロナに負けるな!」
 と言われている我々。その中で困惑するのは、「戦い」の内容が今ひとつ、戦いっぽくないというところです。
 なにせ敵は目に見えないので、「鬼畜米英!」などと憎むことによって気持ちをアゲることができない。我々に課された最も大きな責務は、「不平を言わず、家にいる」ということであり、とくだんに戦意やら勇気やらをふり絞らなくともできる、と言うよりもその手のものが出してしまうと積極的になりづらい行為なのです。
 戦時中の竹槍訓練のような擬似戦闘行為も、もちろん必要ありません。爪の裏までの手洗いやドアノブの消毒等は必要ですが、それも武張った心より、重箱の隅をつつくような精神が大切なのであり、戦争っぽくない。
 第二次世界大戦中、日本では多くの標語を作って、国民の士気をあげようとしていました。
「産めよやせよ」
 は、未来の兵士となる子供をたくさん産ませるためのコピー。
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」
 は、食料や物資の不足に対する不平を封じるため、「もっと工夫をすれば、足りないものは補える」とのアピール。そして、
「進め一億火の玉だ」
 は、「一致団結すれば大国にも勝てる」という意味でしょう。
 日本においては、第二次世界大戦中に乱発されたスローガンのトラウマが強いためか、その後はどのような国難に際しても、国がスローガンを提示することは禁じ手になっています。マスク不足を糾弾する人々に対して、
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」
 などと言ってしまっては、炎上必至。「自粛のお願い」やら「協力の要請」というように、はっきり言い切らなかったり下手したてに出たりと、ピリッとこない言葉が日々、責任ある立場の人から聞こえてくるのでした。
 今、我々が最も戦争感を覚えるのは、買い物のシーンにおいてです。緊急事態宣言がいつ出るか、という頃には食料品やトイレットペーバーを皆が買いに走りましたが、スーパーの殺気立った雰囲気はまさに、戦い。宣言が出た後も、今度は「感染するのではないか」という気持ちから、スーパーに行くのも戦々恐々です。
 マスクなどのお宝を入手するには、さらなる武運が必要です。開店前にドラッグストアに並んだり、何店も巡るなどしないと、マスクは手に入らないのですから。
 先日、地元のドラッグストアを巡回していると、目立たないところに消毒用エタノールのボトルがひっそりと並んでいるのを発見しました。冷静を装ったものの、ボトルを見た瞬間にはアドレナリンがドクドクと噴出。「戦時中の人達も、買い出しに行って米が手に入った時とか、こういう気持ちだったのではないか」と思いつつレジに並んで購入できた時の僥倖ぎょうこう感と振武しんぶ感は、今までに感じたことのないものでした。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』など多数。

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