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「好く力」の強弱は幸福度に比例するか  第10回 「推し」持ちと推せない女との深い溝 

 その道に対する「好く力」が強ければ強いほど、学歴などは不要と言うこともできます。たとえばさかなクンは、子供の頃からの魚好き。東京水産大学(現・東京海洋大学)進学を目指したものの叶わなかったのだそうで、動物関係の専門学校を出た後、魚関係のアルバイトを続けつつ魚好きの道を邁進し、今となっては、東京海洋大学の名誉博士・客員教授となっているのです。また棋士の藤井聡太九段は高校を中退していますが、将棋界における彼の存在感を思えば、彼が高校を卒業していようといまいと、どうでもいいことでしょう。
 さかなクンや藤井聡太九段のように、突き抜けた「好く力」を持つ人にとって、学歴が高いも低いも関係のないものです。我々大人は、子供に「勉強しろ」と言う時、
「良い学校に入ると、それだけ将来の選択肢が広がるんだからね」
 と言いがちですが、幅広い選択肢を必要とする人は、反対に言うならば「好く力」に恵まれていない人。強烈に好きなものを持っていない人ほど、選択肢を広げるために、頑張って勉強しなくてはならないと言うこともできます。
 とはいえ、さかなクンや藤井聡太九段のように突き抜けた「好く力」を持つ人は、ごくわずかです。多くの人は、それほど強く何かを好きになれるわけではなく、また好きは好きでも、それに伴う才能に恵まれなかったりする。「好く力」は天からの授かりものだからこそ、普通の人々は「いつか、本当に好きになれる何かと出会えるのではないか」と思いつつ、受験勉強に励むのです。
 かく言う私も、好く力には恵まれていないのでした。子供の頃から、強烈に好きなジャンルや得意な科目があったわけでなく、
「大人になったら何になりたいの?」
 とか、
「将来の夢は?」
 と聞かれる度に、何も思い浮かばずにモゴモゴするのみ。
 芸能人などの大ファンになることも、ありませんでした。我々が中学時代のジャニーズアイドルというと、トシちゃん、マッチ、そしてヨッちゃんという“たのきんトリオ”と言われる三人だったのですが、
「トシちゃんと結婚したい!」
 などと目をハートにしている友人を見つつ、私はポカンとしていたもの。私には、ジャニーズのアイドルにキャーキャー言う気持ちが、全く理解できなかったのです。
 その時は、むしろ「アイドルなんてくだらないわ」と、アイドルに夢中な友人達を上から目線で見ていた私でしたが、しかし今や、アイドルを好きになる力というのも、立派な「好く力」。アイドルを推すのに年齢は関係なく、その力を持つ人こそが人生を楽しむことができる、とされているのです。
 あの頃、トシちゃんと結婚したいと言っていた人は、その後も様々なジャニーズアイドルのファンであり続け、今はSnow Manを推しているのだそう。また、かつてマッチ好きだった人はBTSに夢中なのであり、
「娘と一緒にBTSの推し活をしている時が、一番楽しい」
 とのこと。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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