2023.3.22
財布事情と現金主義
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。
版画/岩渕俊彦
第13回 財布事情と現金主義

三年間使い続けていた財布を処分しなくてはならなくなった。よく年が変わるごとに財布も替えるものだという話があるが、私は壊れたり、使うのを躊躇するようになったりするまで使う。この財布は二十年ほど同じタイプを愛用していて、使用不可になると、そのつど同色、あるいは色違いを、購入して使っていた。某ブランドのもので、ジッパーで三方が開き、外側にポケットがついていて、エナメル加工のものだった。
私がエナメル好きということもあるのだが、多少の汚れも布で拭けば取れるところが気に入っていて、これまでの財布も、汚れると外側を薄めた石けん液で拭いて、大切に使っていたのである。たとえばジッパーが壊れたとか、本体が何らかの衝撃で傷ついたのなら諦めもつくが、財布が使えなくなった今回の理由は、何とも情けない出来事だった。
その日、いつものようにエコバッグの中に、財布と手ぬぐいを入れて、近所のスーパーマーケットで買い物をして帰ってきた。そしてひとつずつ確認しながら、冷蔵庫に入れようとしたら、財布のジッパーの部分がべっとりと濡れている。水が出るようなものは買っていないはずなのにと思いながら調べてみた。
肉や魚を買っても、スーパーマーケットに置いてある、薄手のビニール袋は使わないようにしている。すでにラップで覆われているし、エコバッグに入れるときに、水平が保てるように気をつければ、問題ないと思っていたからである。
「これも水は出ない。こちらのパックも水が出た形跡はない……」
と調べていったら、パックが濡れているものがあった。
「これだったかっ」
それは厚揚げのパックだった。どうして厚揚げからこんなに水がしみ出たのかはわからない。濡れたのがエナメル加工された財布本体だったら、水拭きすれば何の問題もなかったのだが、そこは濡れておらず、ジッパーの布地の部分だけがべっとりと濡れていて、どうすることもできなかった。干して乾かせば使える可能性はあったかもしれないが、濡れた部分を嗅ぐと、うっすら油の匂いがしたので、がっかりして使用を諦めたのである。