よみタイ

財布事情と現金主義

27年ぶりの引っ越しにともなう不要品整理。溜まりに溜まったものを処分し厳選するなかで、残したもの、そばに置いておきたいものとは。そして、来るべき七十代へ向けて、すること、しないこととは。
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。

版画/岩渕俊彦

第13回 財布事情と現金主義

版画:岩渕俊彦
版画:岩渕俊彦

 三年間使い続けていた財布を処分しなくてはならなくなった。よく年が変わるごとに財布も替えるものだという話があるが、私は壊れたり、使うのを躊躇するようになったりするまで使う。この財布は二十年ほど同じタイプを愛用していて、使用不可になると、そのつど同色、あるいは色違いを、購入して使っていた。某ブランドのもので、ジッパーで三方が開き、外側にポケットがついていて、エナメル加工のものだった。
 私がエナメル好きということもあるのだが、多少の汚れも布で拭けば取れるところが気に入っていて、これまでの財布も、汚れると外側を薄めた石けん液で拭いて、大切に使っていたのである。たとえばジッパーが壊れたとか、本体が何らかの衝撃で傷ついたのなら諦めもつくが、財布が使えなくなった今回の理由は、何とも情けない出来事だった。
 その日、いつものようにエコバッグの中に、財布と手ぬぐいを入れて、近所のスーパーマーケットで買い物をして帰ってきた。そしてひとつずつ確認しながら、冷蔵庫に入れようとしたら、財布のジッパーの部分がべっとりと濡れている。水が出るようなものは買っていないはずなのにと思いながら調べてみた。
 肉や魚を買っても、スーパーマーケットに置いてある、薄手のビニール袋は使わないようにしている。すでにラップで覆われているし、エコバッグに入れるときに、水平が保てるように気をつければ、問題ないと思っていたからである。
「これも水は出ない。こちらのパックも水が出た形跡はない……」
 と調べていったら、パックが濡れているものがあった。
「これだったかっ」
 それは厚揚げのパックだった。どうして厚揚げからこんなに水がしみ出たのかはわからない。濡れたのがエナメル加工された財布本体だったら、水拭きすれば何の問題もなかったのだが、そこは濡れておらず、ジッパーの布地の部分だけがべっとりと濡れていて、どうすることもできなかった。干して乾かせば使える可能性はあったかもしれないが、濡れた部分を嗅ぐと、うっすら油の匂いがしたので、がっかりして使用を諦めたのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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