2022.5.22
死にたい気持ちを思いとどまらせた「セラピストとの約束」
女性たちは何を求めて女風を利用し、そこから何を得たのか――。
『ルポ 女性用風俗』の著書もあるノンフィクション作家の菅野久美子さんが、現代社会をサバイブする女性たちの心と体の本音に迫るルポ連載。
前回に続き、女風の利用は「性感目的ではない」という里美さん(仮名・40代女性)のお話を伺います。
女風で味わった「陽だまりのようなあったかい」空間
里美さんが三回目にセラピストと会ったのは漫画喫茶だ。性感を求めない里美さんは必ずしもラブホテルに行く必要はない。だから会う場所は満喫で十分なのだ。
黒のボックスシートにセラピストと二人きり。セラピストは、立膝して背もたれを作ってくれた。骨ばった膝に体を預けてもたれかかって漫画を読んでいると、とてつもなく「あったかい」ものに包まれているような気がした。
「人と一緒にいて温かさを感じたのは、その時が初めてですね。まるで日なたぼっこしているような温かさでした。二人で密着していると、彼の心臓の鼓動が伝わってきて、すごく心地いいんです。これまで一人がいいと思って生きてきたのに、誰かと一緒にいたときのほうがあったかかった。気がつくと、ウトウトして寝落ちしていたんです」
陽だまりの中にいるようなじんわりとした温もりに、心が安らいだ。幼少期に幼馴染と野原を走り回って疲れ果てまどろむ感覚――。気がつくと、狭いボックスシートの中で思わず寝息を立てていた。
「私」を掴んで離さない拘束具のような現実、そこから束の間でも「解放」される瞬間。それは、世の女性たちが望んでやまない時間だ。
セラピストの作り出す「あったかい」空間に抱かれること――、それはもしかして、自分で自分を抱きしめ慈しむ行為なのかもしれない、私はそう直感した。
その後も里美さんはセラピストとDMを交わし、会社を退職する決断を下した。最後は自分自身で考え抜いてのことだった。