2022.7.19
あなたはこれからうちの子になるんやし 第1回 義母のことが怖かった
金色に染められていた兄の髪
実家に、母、私、夫、夫の両親が集まった。兄がこんな(彼にとっては)面白いチャンスを逃すわけがなく、いつの間にか実家に来ており、うれしそうに二階の部屋にやってきた。大きな声で「どうもどうもはじめまして! こいつの兄です! ワハハハ」と笑った兄の髪は金色に染められていた。薄紫のダブルのスーツに金髪がよく映えていた。
兄は母を押しのけるようにして張り切り、大声で笑い、場違いな発言をし、驚く夫の両親の表情を観察してはニヤリと笑っていた。あれこれ世話を焼き、こいつは子どもの頃からわがままなやつで……なんて、ありきたりな昔話をし、ひとりで喋りまくっていた。
母は静かに、これまでの私たち家族のこと、父が亡くなったこと、体の不自由な叔父がいること、私が子どもの頃から病気がちだったことを話していた。
会食はあっという間に終わり、私と夫、そして義理の両親は車で実家を後にした。私は気が重かった。母が気の毒だった。母が見せつけられたものを考え、つらくなった。母は五十代後半ですでに未亡人で、古ぼけた実家に祖母と体の不自由な叔父と暮らしていた。慎ましやかな生活で、派手なところはひとつもなかった。その静かな空間に、和服姿の義母がやってきたのだ。娘である私に仕立ててあげたという着物を着せ、この子は確かにうちにいただきますと言われた母の気持ちはどのようなものだっただろう。母は何も言わなかったけれど、つらい思いをしていたと思う。
私は兄に対しても申し訳なく思っていた。兄は私の想像以上に、いろいろな事前準備をして、部屋を片付けてくれ、真面目な表情で妹を頼みますと両親に頭を下げていた(金髪だったが)。あんな兄は初めて見た。
後日、義母は兄が出したお茶について、教室の生徒さんに対して笑い話にしていた。あんなお茶を出してくる人、初めて見たわ。知らないから勉強したんやろけど、全然あかんかったわ。
それなのに、義母は私の母に対して、最初から好意を抱いていた。これは私には驚きだった。義母は母を褒めちぎり、「友達になりたい」と何度も言った。それは私に気を遣って言っているのではなく、本当に母のことが好きになったようだった。もっとお話できればよかった、あなたのことをもっと聞いてみればよかった、もっと彼女の人生を聞いてみたかった。もしよかったらこちらにも遊びに来て下さいと頼んでおいてね……そんなことを義母から言われ、私は戸惑った。母に会ってからというもの、義母の私に対する視線がまったく変わったのを感じていた。
義母が母に頻繁に電話をしていることを知ったのは、実家に義父母を連れて行ってから数か月後のことだった。
*次回は8月16日(火)公開予定です。
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実兄の突然死をめぐる『兄の終い』、認知症の義母を描く『全員悪人』、壊れてしまった実家の家族について触れた『家族』。大反響のエッセイを連発する、人気翻訳家の村井理子さん。認知症が進行する義母の介護、双子の息子たちの高校受験、積み重なりゆく仕事、長引くコロナ禍……ハプニング続きの日々のなかで、愛犬のラブラドール、ハリーを横に開くのは。読書家としても知られる著者の読書案内を兼ねた濃厚エピソード満載のエッセイ集。
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