2026.5.9
テイエムオペラオーの真価を見出すには「地味な純文学」同様に「審美眼」が必要だった【人生競馬場 第10回】
前回取り上げたのは、完全無欠のヒーロー、ディープインパクトでした。
今回は、誰もがその力を認める名馬・テイエムオペラオーについて論じます。

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判定勝ちばかりしている最強格闘家?
みなさんは「テイエムオペラオー」という馬をご存知だろうか? 私の感覚では競馬オタク以外に知られている気がしないのだが(「ウマ娘」を通っていないので違ったらすみません)、この馬は1998年から2001年まで現役を続け、特に2000年には出るレースに全勝(8戦8勝、GⅠ5勝)するという無双状態となっていた。現役終了時点ではGⅠ通算7勝(最多タイ記録)、歴代最多賞金獲得馬となっており、誰もがその力を認める名馬であったことは間違いない。
しかし私の記憶が正しければ、完全なるテイエムオペラオーの年であった2000年、競馬はイマイチ盛り上がっていなかった。文句なく強い最強馬がいるのに、である。これはオペラオーのすぐ後に現れるディープインパクトが人気面で大爆発したこととは対照的な現象であり、そこには「三冠」というわかりやすい称号を獲ったか否かという問題もあるのかもしれないが、理由はそれだけではないように思われる。まず99年、四歳(今で言う三歳)のテイエムオペラオーがクラシックレースに出走していた年を振り返ってみよう。
99年の牡馬クラシックの有力馬といえば、テイエムオペラオーの他にアドマイヤベガ、ナリタトップロードがおり、この三頭が三強と呼ばれ三冠レースを一冠ずつ分け合うこととなった(皐月賞:テイエムオペラオー、日本ダービー:アドマイヤベガ、菊花賞:ナリタトップロード)。まさに三強時代という一番盛り上がるはずの構図だったわけで(古い競馬ファンならTTG三強時代=テンポイント、トウショウボーイ、グリーングラスの時代の盛り上がりを覚えているかもしれない)、実際そこそこには盛り上がっていたと思うが、99年が誰の年かと聞かれれば、どうしても真っ先に名前が挙がるのはスペシャルウィークやグラスワンダーではないだろうか。このカリスマ性も兼ね備えた二頭の古馬が存在したことにより、99年三強によるクラシックは競馬ファンのメインディッシュではなくなっていた(と私は感じていた)。特に99年末の有馬記念、グラスワンダーがスペシャルウィークの猛追をわずか4センチおさえ連覇を果たしたあのレースは今もファンの間では伝説となっている。そして、有馬記念のこの二強の後ろ、ほとんど差のない三着に入っていたのが、何を隠そうテイエムオペラオーなのである。
名馬グラスワンダー・スペシャルウィークから次世代のバトンを受け取った馬──と言うこともできたはずのテイエムオペラオーだが、どうもそういう感じにはならなかった。スペシャルウィークは99年限りで引退してしまったし、2000年のグラスワンダーは怪我などもあって調子を崩し、テイエムオペラオーとの直接対決となった宝塚記念ではレース途中に骨折、そのまま引退してしまうことになる。オペラオーは宝塚記念でグラスワンダーを下して優勝という形にはなったものの、当然怪我をした馬相手に勝ったところで世間の評価は覆らない。オペラオーはスペシャルウィーク、グラスワンダーというスターホースを真に打ち倒すことができないまま、たった一頭の孤独な「最強馬」として2000年を駆け抜けたのである。
テイエムオペラオーと言えば、その二着に入り続けたメイショウドトウを思い出す方も多いだろう。メイショウドトウはテイエムオペラオーがいなければGⅠを5勝しているはずの強い馬なのだが、実際には1勝。2001年の宝塚記念でテイエムオペラオーを下して念願のGⅠを獲得し、それはそれで関係者の執念には感動させられたものだったが、やはりライバルと呼ぶには分が悪すぎた。テイエムオペラオーVSメイショウドトウと言われても「ウオオオオオ!!」と興奮する感じのマッチメイクではなかったのである。
しかし、2000年テイエムオペラオーの危なげない勝ち方、安定した勝ち方は後のディープインパクトに通じるものがあるとは言えた。人々はディープインパクトの完璧さを賞賛したが、テイエムオペラオーのそれに対してはなんとなく冷淡だった。そこには前回触れた、ディープインパクトのような最後方からの派手な勝ち方、大差をつける圧勝劇などで魅了してくれなかったという理由もあるだろうし、社会が「圧倒的存在」を認めて素直に拍手を送るようになる「地均し」がまだもう少しだけできていない時代だった、と言うこともできるかもしれない。
私はといえば、やはり当時テイエムオペラオーのことは「つまらないな」と思っていた。正直に言って、最高潮だった私の競馬熱が少しずつ冷め始めたのは明確に2000年のことである。これは公立中学で神童として調子に乗った後に進学校に入って、自分が世界最高峰の天才ではないということを思い知り、「競馬なんて観てる場合じゃねー!」となり始めたことにも関係するのだろうが、やはりそれでも90年代のような「熱い」競馬が続いていれば、私は競馬をもっと熱心に観続けただろう。そう、テイエムオペラオーは観客にしてみれば──実情がどうだったかはわからないし、関係者の方が気を悪くされたら申し訳ないのだが、凡庸な一ファンとしては──手に汗握るような「熱さ」を感じなかったのである。オペラオーは非常に賢い馬で、レースに「勝った」とわかると手を抜く。そのために圧倒的大差をつけるような派手なレースにはなりづらかったのだが、無理をしない分長く一線級で活躍できたのだと見ることもできる。いわば、リスクを取らずにポイントを狙い判定勝ちばかりしている、そして誰もK.O.できない最強格闘家のような存在である。もちろん、そのやり方は実力があるからこそ可能なのであって、そこに馬(や格闘家)の真骨頂を見る、という楽しみ方もあるわけだが、それは一般大衆にとってみればあまりにも玄人的な観賞法であろう。かくいう私も、競馬も格闘技も派手な見え方のものを喜ぶレベルの愚かな観衆にすぎないのであり、「塩レース」「塩試合」の細部の駆け引きを楽しむことはあまりできなかった。
そういう意味で言えば、小説における「エンターテインメント」と「純文学(もはやジャンル分けできないものがすべて放り込まれる闇鍋のようなものになりつつあるが)」において、純文学を愛する私の鑑賞方法は異様なのであろう。純文学は(まず)売れない。私はその状況に不満を感じてしまうわけで、「なんであの作品が評価されて爆売れして、こっちの傑作は黙殺やねん!?!?」といったように首をひねりまくっているわけだが(もちろんその理由は、私が文学以外のものを鑑賞する時の自身の態度からはっきり類推できるわけだが……)、はっきり言ってテイエムオペラオーの真価を見出すことは地味な純文学の真価を見出すのに似た「審美眼」が必要だったのではないか、という気もする。
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