よみタイ

バブル末期の名古屋で起こった、フレンチレストラン最悪の思い出

カフェブームの中で見つけた「小さいパリ」

 さて、僕が再び日常にフランス料理を取り戻すのは、その5年後くらいだったでしょうか、2000年前後あたりの話です。
 その時代、カフェやビストロといったお店が少しずつ出来はじめました。カフェと言うと、今となってはちょっとおしゃれな喫茶店の言い換え、というイメージがすっかり定着してしまいましたが、当時その概念の中心にあったのは、「パリの街角にあるような、朝から夜までコーヒーもお酒も食事も楽しめるオープンエアの店」でした。なので食事メニューも基本的にフランス料理ということにもなります。ただしそれは、あくまで庶民的なフランス料理。広いお皿を使って複雑かつ華麗に盛り付けられるものではなく、もっとずっとシンプルなもの。豚肉のいろんな部位を焼き固めたパテやテリーヌ、牛ハラミを焼いてフライドポテトを添えたステークフリット、熱々のオニオングラタンスープ、そういうものです。
 ビストロはもう少しレストラン寄りで、あくまで食事が主体ですが、主要なメニューはだいたい共通していました。
 当時、僕の生活圏にも、そういうカフェやビストロ的な店がいくつかできました。
 夕暮れ時に外に面した席で、日が沈んでゆくのを眺めながらパテをつまんでワインを飲んだり、冬の寒い日はオニオングラタンスープで暖まってからペルノ酒を飲んだり。
 ……そう書くとちょっと気障きざというかイキってるというか、そういう印象を受けるかもしれませんが、決してそんなわけではないんです。子供の頃からいろいろな食エッセイなどで読んできた、パリの街角の気軽な店、そこの肩肘張らない料理、そういうものがようやく身近な現実世界に現れてきた、そういう感覚でした。
 そういった本の中でも、石井好子さんの『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』は、僕にとって特に印象的なものでした。そこに登場する――日本における「フランス料理」の一般的イメージとは大きく異なる――庶民的なフランス料理、それまでは想像するしかなかったそれが、カフェやビストロにはしっかりと実在しました。そういうものを、あくまで日常の延長線上の、でも入念にしつらえられた空間で楽しむ、それがカフェやビストロだったのです。

 しかし世間一般において、特にカフェの方は、単なる浮ついた流行りものとして扱われがちでした。
「フランスかぶれか何か知らないが、日本の狭い歩道に無理やりせり出して排ガスまみれになりながら、別にうまくもない一見オシャレ風なものを飲み食いしている」
といった揶揄やゆを、当時散々目にしました。そうやってオープンエアのフレンチカフェは流行のファッションとして消費された後、次々と閉店、もしくはスイーツをメインとした「ただのオシャレな喫茶店」へと変容していったのです。

次回は1月27日(金)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。最新刊は『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)。

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