よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第22回 乳首

 先日の朝、起きてテレビをけたら、男性の乳首問題が放送されていた。薄着になり男性が着ているTシャツやYシャツの胸のところに、乳首の形の盛り上がりが見えるのが、とてもいやだという女性たちがいるというのだ。街頭でインタビューされていた女性たちは、「あれはいや」「気持ちが悪い」「変」「恥ずかしい」などと勝手なことをいっていて、私は、
「はああ?」
 とちょっとむかついた。
 私が若い頃にTシャツは大流行して、若者のほとんどはTシャツを着ていたが、男性の乳首問題なんて、これっぽっちも出なかった。女性の場合はウーマンリブでのノーブラ問題があったので、同性としてはそれは見過ごせないテーマだったが、男性の乳首に関しては考えたこともなかった。女性も話題にしなかったし、もちろん男性から話を聞いたこともなかった。つまりまったく気にするような話ではなかったのだ。それなのに最近の若い女性たちが、変だとかみっともないだとか、
「ふざけたことをいうな」
 と怒りたくなったのである。
 そんなに他人の些末さまつなことをいえるほど、あなた様は完璧な姿でいつも外出なさっているのですかといいたくなる。街頭アンケートの結果では、気にならないという女性のほうが多かったのだけれど、男性の乳首の形がわかるのがいやという女性は四割弱いた。年齢が上の女性よりも、若いほうが嫌悪感を持つ人が多かった。街頭で同じ話題について若い男性に聞いてみると、気になるといっている人が多く、それを防ぐために、乳首に絆創膏ばんそうこうを貼っていたのだが、それにかぶれて痛くて辛かったという人もいて、口には出さないけれど、陰で彼らは涙ぐましい努力をしていたのだった。
 女性の場合は、ニプレスやヌーブラなどがあるけれど、こんなに話題になっているので、男性用のものなんてあるのかとインターネットで検索してみたら、ちゃんとあった。医療用素材で作られた、ランニング、サイクリングなどのスポーツをする人用のものだった。これだったら納得できる。スポーツウェアで擦れるだろうし、体へのダメージを防ぐためにも必要だろう。そういった商品が乳首問題を気にする男性たちにも流用されているようだ。しかしスポーツをするわけでもない街中で、それが必要なのだろうか。だいたいTシャツは肌着というか下着なのだから、直接素肌に着ても問題ないはずだ。女性の場合もどう着ようと自由だが、私は女性がノーブラで下着なしでTシャツを着るのならば、形状があらわにならないように工夫したほうが、見苦しくないとは思う。
 一時、女装家ではなく、趣味でブラジャーをするブラ男が話題になったけれど、最近は彼らの消息について聞かなくなった。そういう人であれば、下にきちんと下着を着けているので、乳首問題は出ない。しかしその男性がブラ男であると知ったら、また若い女性たちは、「信じられない」「やだー」などといって、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるのだろう。乳首が見えても見えなくても、ああだこうだという。本当に面倒くさい。
 私が若い頃、仲よくなった男性が、
「なぜ男性に乳首があるのか」
 について、真面目に話してくれたことがある。彼がいうには、まず女というものが発生し、そこから男が分かれたので、人体の基準は女性になっている。だから男に乳首があるのだといった。もしも男が最初に発生したのであれば、男の人生において不要なものが、体についているわけがないというのだった。私は、
「ほー」
 といいながら聞き、それはそうかもしれないとうなずいた。
 彼がそれを私に話した理由は、当時、そこここに存在していた、「お前のことは俺が全部わかっている。だから俺に付いてこい」というタイプの男性を、私が嫌いなのを知っていて、自分はそうではないと表現してくれたのだろうと、後日、私は理解したのだった。

 そして今、彼らにとっては何の役にも立たない乳首を持って生まれたために、好かれたいと思っている若い女性たちから、あれこれいわれる。こんな気の毒なことがあるだろうか。着たら形が出ちゃうのだから仕方がないではないか。男性も中年になると、もちろん女性ほどではないが、胸がふくらんでくるという話はよく聞いた。なかには、
「妻よりも大きくなったかも」
 という人までいた。たしかにTシャツの上からでも、胸がたるんでいる感じがわかる中年男性がいるが、私はそれを見ても不快にはならない。加齢による体形の変化で仕方がないからだ。女もたるむが、男もたるむのである。
 放送のなかで、Tシャツを着ても乳首問題が起きない男性たちも紹介されていた。それはボディビルなどで大胸筋を鍛えている人たちで、彼らはTシャツを着ても乳首問題は起きないという。実際にぴったりとしたTシャツを身につけてもらうと、たしかに乳首は盛り上がって見えない。大胸筋を鍛えると乳首が下を向くから、というのがその理由である。乳首よりもその上の筋肉を盛り上げるという理屈なのだろう。それでいうと乳首問題が発生する男性たちは、いまひとつ大胸筋の厚みに乏しいという結論になる。胸がふくらんでくる中年男性も同様に、大胸筋が減少してそうなるのだろう。
 しかしみんながみんなスポーツジムに行って鍛えられるわけでもなし、それは女性のすべてが高級エステに行けるわけではないのと同じである。なのにどうして若い女性は、そんな些末なことをいちいち嫌がったり、笑ったりするのだろうか。私は乳首の形がわかるTシャツ姿の男性よりも、彼女たちの態度のほうがずっと不快だ。どうして男性のそういった状態が気持ち悪いのか、まったく彼女たちの感覚が理解できない。
 なぜ彼女たちがそのような、私にとっては些末な事柄をいちいち気にするのかを考えてみた。それに気付くのは若い男性をよく見ているからだろう。だから目についてしまう。もともと見ていなければ、そんな状態になっているのはわかるはずがない。偉そうな若い女性たちは異性の姿を見れば品定めをし、同性がやってくると瞬時にその人の欠点を探す。そして異性に関しては、同性同士で、
「あれって嫌だよね」
 という話になり、同性に関しては、あれこれいって自分がいやな女と思われるのは避けたいので、こっそりと優越感にひたる。自分たちも一部の男性から陰で品定めされているはずなのだ。それを知ったら恥ずかしくてたまらないだろうに、自分たちについてはすべて棚に上げて、他人に対して気持ち悪いだの何だのといって笑う。それも相手の態度とか立ち居振る舞いとか、礼儀などではなく、どうしようもない事柄に対してである。彼らは外見に関しては不潔なわけでもないし、周囲に迷惑をかけているわけでもない。ただ普通にTシャツやYシャツを着ていたら、乳首の形状がわかってしまっただけなのだ。
 またこの話より少し前に、中国の「北京ビキニ」のニュースを知った。中高年男性がほとんどなのだが、暑いので肌着のシャツやTシャツをまくりあげて、腹を丸出しにするスタイルをそのように呼ぶのだ。外国人観光客が多く訪れるなかで、その姿がみっともないので、自粛じしゅくするべきという話だった。腹を出して縁台に座っていたり、バイクに乗っていたりする現地の男性を見て、私は、
「日本でも昔はこういうおじさんがいたよなあ」
 と思い出した。私が子供の頃は、特に男性は、通勤用のスーツは別だが、家の内と外にはほとんど境界線がなかった。ダボシャツにステテコ姿でそこいらへんを歩いていたし、真夏だと上半身裸のおじさんもいた。それどころか三、四歳のときには、腰巻き一枚で両乳丸出しのおばあさんが、縁台に座って団扇じしゅくであおいでいる姿さえ目撃した。しかしそのような姿はだんだん欧米基準でみっともないということでマナー違反になり、そういう姿で外を歩いている人はほとんど見なくなった。
 それに比べれば、乳首の形があらわになっていたとしても、若い男性たちはまともな格好をしている。それなのに異性からあれこれいわれる。本当に気の毒としかいいようがない。Tシャツを脱いだときに、胸にニプレスを貼っている姿のほうが、よほどみっともないと思うのだが。ともかく若い女性たちは、小姑こじゅうとみたいに他人の外見に対してうるさすぎる。他人を笑えば笑うほど、それがブーメランのように、自分に戻ってくるのがわからないらしい。まあそういう人たちは、他人の行動には敏感、自分の行動には鈍感なので、永遠にわからないのかもしれない。彼女たちには、「寛容」「許容」という熟語をぜひ知っておいて欲しいし、そんな女性たちのいうことなど気にするなと、若い男性たちにいいたいのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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