よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第19回 トランプ大統領

 私は相撲が好きではないし、現在、横綱が何人いるかも知らない。しかし安倍首相が勧めたからとはいえトランプ米大統領が、枡席ますせきに椅子を並べてそこで見るというニュースを聞いて、
「はあ?」
 と思った。どうしてそこまでしなくてはならないのか、その理由がわからない。いくら令和れいわ最初の国賓で、首相と「お友だち」だからといって、相撲観戦の形を崩してまで、見てもらう必要はないはずなのだ。
 彼は私が好ましく感じるタイプの人ではない。私は英語がよくわからないが、彼が母国で演説している姿を見ると、仕草や話し方が感じが悪く印象がよくない。他にもツイッターであれやこれやと、ぎょっとするようなことをいうのも気にくわないし、就任以来、彼がついた嘘の数を数えている人たちもいるそうで、はたで見ている分には面白い。しかしノーベル賞に彼を推薦したり、待機児童問題や高齢者問題が山積しているというのに、巨額を投じてアメリカの戦闘機を百数十機も買う予定らしい我が国の政治家が、腰巾着こしぎんちゃくみたいにくっついているとなったら、面白いといっているわけにはいかないのである。当日の朝と翌日の夕方、ふだんはまったく聞こえないヘリコプターの爆音が何度も聞こえて、うるさくて本当に迷惑だった。
 しかし今回の近くで見たいという話にはあきれた。見たいのなら貴賓席に座ればいいのである。こちらにはこちらの決めた事柄があるのだから、それに従うのが人としての礼儀だろう。国賓が座るのにふさわしい、そういった場所があるのに、先方がゴリ押ししたか、日本側がへこへこして、
「それでは枡席に椅子を設置しますので、そちらにお座りになっていただいて」
 と提案したのかはわからないが、いったい何を考えているんだといいたくなるような状態だった。大統領はプロレス好きで体も大きくて立派なので、いっそのこと砂被すなかぶりに座っていただき、力士が膝の上に落ちてくるかもしれない、どきどき感を味わっていただいたらいいのにとも思った。
 といっても私はニュースで彼の姿を見ただけなのだが、近い場所で見たいといったわりには、取組に喜んでいるふうでもなかった。それならば貴賓席に座って見たって同じだったろう。彼についてはああいう人なので、どうなるものではないし、母国の方々が今後、彼をまた国の長とするかどうかの問題なので、私がとやかくいう問題ではない。なかには彼がいないと困る人たちもいるのだろう。
 他国の長のことをとやかくいえるのかと、彼の支持者に問われたら、
「どうもすいません」
 というしかない。この原稿を書いている時点では、一・七ポイント上昇して、内閣支持率が五十九・一パーセントになったらしいが、私の周辺では、総理大臣を支持している人が皆無なのである。三十人くらいに聞いてゼロ。支持率が上がったというニュースを聞いては、
「どこにそれだけの支持者がいるのか」
 といつも首を傾げている。同じくトランプ大統領に関しても、周辺で彼を支持するという人に会ったことがない。
 ところが国技館に大統領が登場したら、歓声が上がって多くの人が立ち上がって、みな揃いも揃って両手でスマホを斜め上に掲げ、彼の写真を撮影しはじめたのである。大統領の人格がどうのこうのという問題よりも、私はそちらのほうに驚いた。そして、
「みんな、彼のことが好きなのね」
 と思うしかなかった。私があの場所にいて、かつスマホ、デジタルカメラを持っていたとして、オバマ前大統領が登場したら、もしかしたら写真を撮ったかもしれない。まあ撮らない可能性のほうが高いだろう。しかし現大統領の写真は撮らない。自分の好きでもない人の画像なんか撮影したくないし、スマホやカメラのなかにも画像を残したくない。だけどあの場所にいた人々は、歓声を上げながら彼の写真を撮っていた。きっと嫌いじゃないのである。もちろんそうしなかった人も多かっただろうが、私の想像よりもずっと多くの人たちが、彼の写真を撮影していたので本当に驚いた。

 特に土俵近くの席で見ている人たちは、私と同年配か上の人が多い。渋谷でわーっと騒いでいるような若いお兄ちゃん、お姉ちゃんたちではない。なのに尊敬するべきところがあまり見当たらない人に対して、ああいう態度を取れることに、正直いって、
「いったい何を考えているのだろうか」
 と呆れてしまった。あの大歓迎の様子は私にはちょっと異様だった。結局、年長者であっても、渋谷のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちと同じで、みんなと一緒にわーっと騒げればいいのだ。
 あの写真を撮った人たちのなかには、彼の支持者もいるのかもしれないが、多くの年配者は彼のメキシコに対する発言とか、差別発言とか、政治と商売をつなげることとか、はっきり調べもしないで軽々しくツイッターに書くこととか、そういう問題に関しては知っているだろうし、それに対しては、否定的な考えを持っていたと思う。しかしあのような状況になったら、わーっと喜んで手を伸ばしてスマホで写真を撮ってしまう。彼らは何も考えておらず、家に帰って子供や孫に、
「ほら、これがトランプ大統領だよ」
 と画像を見せたりするのだろう。
 それがいったい何になるのか。あまりにばかばかしすぎる。私にはそういう気持ちは理解できない。きっと自分の気持ちを態度で示して立ち上がらなかった人々もいるはずだが、あまりに大勢の人が立ち上がったために、ニュース映像ではそういう人は見受けられなかった。もちろん大統領はお客様ではあるので、迎える側が無礼なふるまいをする必要はないが、好きでもないのに過剰に騒ぐのもどうかと思う。沿道で国旗を振っている人たちを見て、
「本当に好きなんだろうな」
 と考えるしかない。でも彼らにたずねて、支持者やファンだというのなら納得できるが、
「いや、別に好きではない」
 というのではないか。周囲の人たちが立って写真を撮りはじめたから、自分もと撮影しただけなのではないか。私はそういう人たちが嫌いである。私としては観客がもうちょっと冷ややかに彼を迎えるのかと予想していたのだが、実際は違っていた。
 彼はイギリスに国賓として迎えられたそうだが、前に渡英したときにはエリザベス女王に謁見する際に遅刻したり、数々のマナー違反をしたらしい。またイギリスの一部の人たちは反トランプのプラカードを掲げて訴えていた。そのニュースを見ていて、もしかしたら日本にもそういう人たちがいたかもしれないのに、それをニュースで流さなかったとしたら問題であると思った。イギリスの反トランプの彼らの姿を、イギリスの放送局が流したのか流さなかったのかはわからないが、少なくとも自分の気持ちを伝えようとする現地の人はやはり大人である。歓声を上げながらスマホで写真を撮っている人たちとはずいぶん違う。
 今の日本はこうなっているのかと、がっかりした国技館での光景のなかで、はじめて知った、優勝した朝乃山あさのやまの愛らしい姿が、唯一の救いだった。彼にはこれからもがんばっていただきたい。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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