よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第18回 図書館

 先日、いつも見ているアート系のインスタグラムに、近所の図書館にこんなものが導入されたという画像が載っていた。何だろうと見てみたら、そこには職員の手書きらしき大きな文字で、「図書消毒機導入しました」と書いてあった。大きさは一般的な冷蔵庫くらいで、様々なお知らせのパンフレットやフライヤーが置いてある棚の隣に設置してあった。
 こんなものがあるのかとびっくりして調べてみたら、私はまったく知らなかったが、この「図書消毒機」については、すでに二年半ほど前に、インターネットで話題になっていたようだ。
 三年ほど前に、編集者から、
「最近は絵本の売れ行きがいい」
 という話を聞いた。
「絵本でも何でも、本が売れるのはいいことよね」
 と返事をしたら、実はその理由が、若い親たちの一部が図書館の本は汚いときらっていて、新しい本を購入するからという話だった。子供を連れて図書館へ行き、興味を持った絵本の書名を控え、通販や書店で新しい本を購入するという。
 そのときに「図書館の本は汚い」という感覚を持っている人がいることに驚いたのだが、子供、特に幼い子供については神経質になっているのかもしれないと考えた。しかしそういう考え方の親は、子供が中学生になったら図書館の本を読んでもいいというとはとても思えず、図書館の本は汚いとずっといい続けるような気がするのだ。
 某タレントの母親は超潔癖症で、硬貨は汚いからと彼女が子供の頃はお札しか使わせず、ある程度の年齢になったら、母親が洗い消毒した硬貨を使っていたという話を聞いて、私は呆れつつ笑っていたのだが、それが笑い事ではなくなってきたようだ。もしかしたら、キャッシュレスについて若者たちが興味を持つのも、簡便という部分も大きいだろうけれど、お金は誰が触っているかわからないので汚いという感覚も少しはありそうだ。図書館の本が汚いという親たちは、ふだんお金の扱いはどうしているのだろうかと不思議に思う。

 絵本が売れていると聞いた話と、インターネットでの図書消毒機の話題を考えると、発売している会社はそれ以前から開発を考えているだろうから、図書館の本は汚いという人がいる話は耳に入っていたのだろう。消費者が欲していないものなど誰も作らない。需要があるから供給するのである。
 その図書消毒機は、だいたい幅七十センチ前後、奥行きは五十センチから六十センチ、高さは百四十センチ前後である。価格は六十八万円から八十九万円。本を開いて立てて入れると三十秒から一分で紫外線を使って消毒をする。また本の下から風を送り、ページの間のほこり、髪の毛等を除去し、ページの中まで消毒する。消臭殺菌剤も使われ、煙草臭、ペットの臭いも除去するそうだ。ごく一般的な単行本は、二百五十ページほどだろうが、最初から最後まで、隅々のごみまで除去できるのか、ちょっと不思議ではある。しかし価格を見るととんでもない金額なので、それも可能なのかもしれない。
 私は近所の図書館の改装以来、棚にある本ががらっと変わってしまったので借りたいものがなくなり、ここ何年かは利用していないが、その前からおかしな現象があるなとは感じていた。借りる人が多いと思われる、ベストセラー本などは十冊以上購入しているのに、とてもよい内容の本で、当然、図書館にあっていいはずなのに、蔵書検索してみると一冊も置いていない著者がいる。大人気の本だと何百人、何千人待ちという話も聞き、年寄りは生きている間に、順番がまわってこないのではと話したりもした。そのためには、複数冊購入しないと、順番待ちの人数をこなせないのかもしれないし、図書館の利用者数を増やすには、そのような方法も必要なのだろうが、ちょっとおかしい。
 図書館には本来、書店では購入できない、地元の資料であるとか、絶版になっているが読んでおきたい本などを主に揃えてもらいたい。しかし蔵書が整理されるとき、最初に棚から消えるのはそういった本ばかりなのだ。もちろん利用者が読みたい本が棚にあるのも重要だけれど、今は文化的な価値がある本を残すというよりも、無料の貸本屋と化しているのが気になっていた。昔の貸本屋には、貸本屋でしか読めない本や漫画があり、私は新刊書店にも行ったが、貸本屋もよく利用していた。そこにはきちんと貸本文化があった。図書館によっては、本に興味を持ってもらいたいと様々なイベントを企画しているが、多くの利用者にとってはそんなものはどうでもよく、図書館はただで本が借りられ、新聞が読め、そして寝られる場所としか思われていないのではないだろうか。図書館文化はどうなっていくのかと心配になってくる。
 だいたい図書館の本は多くの人が手にするという状況は、誰でもわかっている。それがいやだったら、図書館の新着情報をチェックして、最初に借りるしかないだろう。私の経験だと、図書館よりも学校の図書室の本のほうが、汚れの度合いはひどかった。なかにはページを開いてぎょっとするものもあった。そういうときは本を読むのはやめて、図書室の先生に、
「この本のここのページが汚れています」
 と告げて戻した。それでも一冊か二冊だった。
 たとえば髪の毛が一本入っていても、自分もこれまで借りて読んだ本のなかに、気がつかない間に入っていたかもと、それほど気にはしなかった。ミステリーが好きな人は、最初のほうに犯人の名前が暴露してあって、憤慨したという話はよく聞くが、私はミステリーはほとんど読まなかったので、そういった被害には遭わなかった。社会人になって公共の図書館を利用するようになると、結構、冊数は借りたけれども、本の汚れが気になるものはなかった。ただ自分の本ではないのに、やたらと書き込みをしてある本はよくあり、借りた人の神経を疑ったりはした。
 図書館の本は自分とは感覚の違う人が手に取る。基本的に「借りている」という意識があれば、それなりにきれいに読もうとするはずなのだが、残念ながら利用者全員がそうではない。ごく普通の範囲だと私が感じても、それを汚く感じる人もいるだろう。何であっても、ものを借りるのは、ある程度寛容でないと借りられない。それができないのであれば、自腹を切ってそのものを買えばいいだけだ。
 ただでさえ本は埃を呼ぶし、図書館には多くの人が出入りする。度を超えた清潔さを、そういった場所に求めすぎるのもどうかと思う。私は棚にある古い本を借りることが多いのだが、どこの図書館でも、本の上や棚の隅に埃が溜まっていた記憶はない。係の方がちゃんと清掃しているからだろう。本の汚れの問題は借りた人の感覚の問題であり、それが気持ちが悪いというのであれば、借りないことだ。自分が満足できる状態の本を無料で読みたい。それを叶えてくれるのが、図書館側が利用者に対して行うべきサービスだと思っているのはちょっと違うと思うのだ。
 調べてみたら都内でもいくつか図書消毒機が導入されていた。据え置き型ではなくコンパクトな卓上型もあるようで、そちらは価格が下がるだろうが、どちらにせよ高額商品である。図書館はなぜそれらを導入しようとしたのだろうか。図書館側のコメントとして、
「消毒機を使うことで、図書館の本を大切にしようとする気持ちをはぐくむ」
 とあったが、本当にそうなのだろうか。消毒機を使ったら、子供たちはそんなふうに感じるのだろうか。それよりも借りた本をどのように扱ったらいいのかを、親と共に考えてもらうのが本筋ではないのか。
 最近は多くの人はそう思っていないのに、少数のクレーマーに対して、文句をいわれた側が、きちんと対応しようとしない。毅然とした態度がとれず、自分たちが文句をいわれるのがいやなので、過剰とも思える反応に対して容認してしまう。たしかに図書館の人が、
「不潔だというのなら、自分のお金で買ってお読みください」
 とはいえないだろうし、クレーマーは、
「公共の施設なのに、利用者の希望を取り入れないのはおかしい」
 と食い下がってくるだろう。その結果が、図書消毒機だったとしたら、大胆な税金の使い方である。卓上型といっても安くはないはずだ。そんな機械に税金を何十万も支払うのであれば、個人的には、読みたいけれども価格が高くて手が出せない本、たとえば写真集、個人全集などを、図書館には購入していただきたい。いちばん問題なのは、図書館の本を借りる我々の意識なのだけれども、借りた本を平気で汚す人、極端な清潔主義の人、様々な思惑が働く図書館の三者のおかげで、まっとうな利用者は、
「ふーん」
 としかいえない。しかしこれからは、こういう機械が普及するのだろうなと、私はため息が出てきたのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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