よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第14回 マイクロプラスチック

 半年ほど前、ある雑誌でマイクロプラスチックによる海洋汚染のひどさを知って、愕然とした。考えもなくやっていた私の毎日の行動が、海洋汚染を引き起こしているという現実を知らなかったからである。海洋汚染の話自体は知っていたが、それはマナーの悪い人たちが、ペットボトルやレジ袋、密閉容器などのゴミを川や海に投棄したりするから、引き起こされるもので、いちおうマナーを守って暮らしている私には、まったく関係ない問題だと思っていた。
 しかし話はそんなに甘いものではなかった。たとえば台所、風呂場、洗面所の掃除をしたり、洗濯をしたりしてもマイクロプラスチック汚染の原因になる。その雑誌を読むまでは、皿を洗うスポンジや排水口のネットを何の疑いもなく使っていた。風呂場では湯船を洗うときにはスポンジ、床は床洗い専用のブラシを使うし、洗面所では掃除のときにメラミンスポンジを便利に使っていた。私は使わないが、ラメ入りの化粧品、スクラブ化粧品のなかにも、マイクロプラスチックが使われているものがあり、それが洗顔のときに流れていく。洗濯物のなかには、ポリエステル、アクリル素材が含まれているものもある。洗剤は環境に負荷がかからないようなものを選んでいたが、それどころではなく、洗濯物の素材に問題があったのである。
 私は肌に合わないせいもあって、ポリエステル、アクリル素材はほとんど身につけないものの、タイツはコットン混にしているけれど、ポリエステルは必ず入っている。全自動洗濯機での洗濯、乾燥のしやすさから、合繊素材を身につけている人も多いだろう。ほとんどの人が持っていると思われる、暑いときに涼しい肌着と、寒いときに暖かい肌着も、ポリエステル、アクリル、ポリウレタンなどが主原料になっている。天然素材100パーセントではなく、それらの繊維が複合的に使われている肌着がほとんどだ。肌着は洗濯する回数も多いので、そのたびに微細な繊維くずが流れていき、それは永遠になくならずに海中を浮遊する。想像するととても恐ろしくなってくる。私は肌着には、基本的に綿か絹のものを選んでいるが、縫っている糸は合繊なので、何度も洗濯しているうちに、糸のケバも流れていっていることだろう。
 スポンジはセルロースが原料になっているものもあるけれど、多くはプラスチックが原料で、摩耗する過程で目に見えないくずとなって排水口から流れ、それを受け止めるはずの排水口ネットからも、微細なくずが流れ落ちていく。メラミンスポンジは掃除をするには、本当に助かる素材だが、使うたびに消しゴムのように小さくなる。その汚れを削りとったかすが、これもまた排水口から流れていくのだ。
 プラスチックと聞くと、硬いものばかりを連想してしまうが、ネットのように柔らかいものがあったり、服のカバーに使われる不織布なども、原材料はプラスチックで布ではない。気をつけて自分の周りのものを見てみると、プラスチック製でないものを探すほうが難しいくらいなのだ。それからは排水口ネットはやめて、新聞紙で生ゴミ入れを作り、細かい目のステンレス製の排水口カバーを購入して、それでしのいでいる。スポンジは買い置きしたものがいくつかあるので、それを使いきったら、セルローススポンジにするか、綿100パーセントの「がら紡」で作られた布巾に替えるか、まだ決めていない。
 様々なものから流れ落ちたマイクロプラスチックは、魚などの海の生き物に取り込まれ、それを食べた私たちの体の中に入る。それがうまくすべて排泄されればいいのだが、体内のどこかに残る可能性もある。日本、ロシア、イギリス、イタリア、フィンランドなど、八か国の成人の便を調べたら、全員からマイクロプラスチックが検出されたという。人間の体内は複雑な形をしているし、内臓や脳に溜まったらいったいどうなるのだろうか。人々の生活はプラスチックにまみれているので、それをすべて排除するのはとても難しい。しかし自分たちの意識しなかった行為が海を汚染し、海洋生物に影響を及ぼし、そして結果的にその被害がブーメランのように自分たちに戻ってくるという問題は、考えなくてはならないだろう。
 洗濯物からのマイクロプラスチック汚染を避けるためには、自然素材の衣類を身につけることなのだが、綿はともかく問題は絹やウールである。こんどは哺乳類や獣類の命を傷付けるという問題が出てくるのである。私は動物が好きなので、なるべく彼らを傷付けないような生活をしたいと考えていた。実際、長い間、ベジタリアンに近い食生活をし、靴は天然皮革製も履いたが、合成繊維のスニーカー、合成皮革のローファーも履いた。着物は蚕に申し訳ないことをしていて、せめて草履はと、ふだんはラバーソール素材のものを履いている。趣味の三味線も練習用には合皮が張られているものに買い替えたり、自分ができるなかで考えてきたつもりだったが、そうなると今度はマイクロプラスチックの問題が出てきたのである。
 ウールは大丈夫なのではと思っていたら、すべての羊に対してではないと願いたいが、羊への蛆虫うじむしの寄生を防ぐために、子羊の臀部でんぶの皮膚と肉を無麻酔で切り取るという、ミュールジングという行為がされていると知り、
「うーむ」
 と考え込んだ。私は小学校の低学年から編み物が好きでずっと続けてきた。羊のバリカンでの毛刈りシーンは何度もテレビで見たが、のんびりとした羊から毛糸ができるんだろうなと勝手に考え、毛糸を次から次へと買って、のんきに毛糸を編み続けるのに気がとがめてきた。冬用のセーターも太めの綿糸で編めば何とかなるかもしれないが、防寒という点ではちょっと劣る。毛糸にはアクリル製のものもあるから、それでセーターやカーディガンを編めば、防寒には支障はないのだが、今度はそれを洗ったときに繊維くずが排水口に流れ、マイクロプラスチック問題が出る。
 もう私は編み物を続けるとなったら、自分で作る意欲がほとんどわかない、綿糸、麻糸での夏物の編み物をするしかないのだろうかと考えていたら、ノンミュールジングの毛糸が売られている店を、インターネットで二店見つけた。一店は極細、並太の太さの違う二種類しかなく、もう一店は環境にも動物にも負荷をかけていない毛糸を扱っていて、アルパカ混だけど、これらの糸で編めば胸も痛まず、編み物も続けられるということで、とりあえずはほっとした。

 若い頃、身の回りから動物性のものを排除しようかと考えたことがあって、当時は日本ではそういう内容の本は少なかったから、つたない英語力で洋書を含めていろいろと本を読んだりしたが、そのときにはまだマイクロプラスチックの問題はいわれていなかった。ヴィーガンと呼ばれる、厳格にそのような生活を守っている人たちは、原料に動物性のものが使われていてもそれを避ける。卵はもちろん出汁の素などに少量のエキスが使われていてもそれを口にしないのだ。私はそこまでいかなかったが、なるべく肉を食べないで済むのであれば、そうしようと思っていた。しかし私自身が人から押しつけられるのはきらいなので、他人に私の気持ちを押しつけたことはない。
 ヴィーガンの人々は、綿、アクリルなどの合繊繊維、合成皮革を買い求め、海外ではヴィーガン仕様の靴も売られていて、日本でもそういったものが増えればいいのにと当時はうらやましかった。しかし動物に負担がかからないようにと合成のものを集めていくと、それを処分する際に、海に生きているものに負担がかかる可能性が高い。自分の身につけている肌着、服をまったく洗濯しない人なんて、ほとんどいないだろう。海の生物を考えると、動物に負担がかかるといった具合で、あちらを立てればこちらが立たず。両方を成り立たせるためには、自分がこの世からいなくなるしかなく、
「いったいどうしたらいいんだ」
 と悩んだりもした。
 食事にしても、私は特に豪勢な食事を好むタイプではないので、おいしく炊けた御飯と安心して食べられる野菜があれば、それでよかった。ただし会食のときは、出されたものは何でも食べる。これは自分自身の問題なので、周囲に焼き肉が大好きな人がいて、肉をばんばん食べる生活をしていても何とも思わない。それは個人の自由で、私が口を出したり啓蒙したりするような事柄ではないからだ。
 そしてベジタリアンに近い食生活をしていて、十年前に体調を崩してからは、漢方薬局の先生の、
「動物性タンパク質も少しはとらないとだめですよ」
 という勧めに従って、鶏肉は毎日、食べるようになった。理由は鶏だったら、自分でさばけるだろうと思ったからだ。ひと月に一回あるかないかだが、食べたくなったときには豚肉も食べる。よく、感謝していただくというけれど、それで済むのかと自責の念にかられつつ、いただきますとは心のなかでいう。生きている牛や豚の動画、写真を見ると、
「かわいい」
 と感じるのに、それを食べている私って何だろうかと申し訳なくなる。今も、子羊や子牛のステーキなどとメニューに書いてあると頼めない。
 私が生きている限り、周囲にいる人々も含めて、すべてのものに大なり小なり負荷をかけている。それは仕方がないことなのかもしれない。しかし昔からの人間の行動が悪い結果を及ぼし、現在の状況になった。自分の身もいちおう守りつつ、人間、動物、海の生物すべてに負担がかからないような生活は、完全にはできない。しかし何かをするときには、ちょっとだけ、こういった事柄を思い出して、自分の行動を振り返りたいと考えている。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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