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せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――。落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション。
前回は、昭和を思い出すドアプレートについて。今回は、不思議な組み合わせの落とし物を発見したようで――

「緊急性と工夫」次第で七変化! いろいろ役立つ粘着テープの使い方!?

都内の路上にて発見した、粘着テープと靴底……という不思議な組み合わせ。(写真/ダーシマ)
都内の路上にて発見した、粘着テープと靴底……という不思議な組み合わせ。(写真/ダーシマ)

もはや芸術作品!? 粘着テープで作ったスリッパ、のようなもの

若い頃に住んでいた古いアパートのドアの鍵が壊れたことがあった。勝手に鍵が閉まるようになってしまったのだ。まるでオートロックである。古いアパートなのにドアだけグレードアップしたのだ。

それはそれで良いと思っていたのだが、すぐに問題点が浮上してきた。たとえばちょっと近所のコンビニに行くとか、あるいはゴミを捨てに行くとか、当時は洗濯機が外にあったので洗濯する時とか、それまでいちいち鍵を閉めずにいた時も勝手に閉まってしまうのだ。そういう時はいつも鍵を持っていなかったから部屋に入れずに困ってしまった。ホテルのオートロックならフロントに連絡すれば済むが、アパートではそうはいかない。幸い窓の鍵も壊れていたのでからそこから入ることはできた。

とはいえ毎回注意して鍵を持ち歩くのも、窓から入るのも、靴を挟んでドアが完全に閉まらないようにするのも面倒で、そこで考えたのがドアのデッドボルト(鍵を閉めた時にドアの側面から飛び出す四角い部品)が勝手に飛び出してこないように粘着テープで止めた。

これでもう勝手に鍵が閉まることはなかった。同時にどんな外出でも鍵は閉められなくなって防犯上の問題があったものの、気分がすっきりしたことを覚えている。

粘着テープというものは梱包や段ボール箱の封に使うことが多いが、それ以外にも使用用途はあり、そこには「緊急性と工夫」があることが多い。服についたほこりを取ったり、窓ガラスのひび割れを補修したり、店の看板の不要な文字を隠したり、時には前の店舗の名前を全て隠したり、車のミラーやバンパーを固定したりと、町を歩けば粘着テープに出合うこと多い。折れた眼鏡を粘着テープ直している人に出会うこともある。

この日私が出会った落とし物もそのひとつだ。青い靴底と何かを形取った粘着テープ。それが何であったか一目瞭然だ。

壊れた靴を粘着テープで補修し、履物として復活させた、きっとスリッパに近いものだったと思われる。粘着テープが長く伸びた部分はもしかすると足首に巻くためのものであり、すぐに脱げてしまわないようにするものだったのかもしれない。

これは「緊急性と工夫」の塊である。作品といっても過言ではない。私は感動し、もはや美しささえ感じてしまった。

しかし作品が壊れてしまった時、落とし主は再び補修する粘着テープを持ち合わせていなかったのだろう、そのまま放置するしかなく、そのまま落し物となったというわけだ。

ということは、持ち主はここから裸足で帰ったのだろうか。

いや、これだけの作品を作った人だ。きっと別の「緊急性と工夫」がテーマの作品を作り、それを使用して快適に帰ったに違いない。

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せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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