よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第15回 チケット購入

 私は常々、携帯、スマホなどいらん、キャッシュレスも必要ない、現金で支払えばよしとエッセイに書いてきた。テレビCMでキャッシュレスに対抗する、現金主義のキャラクターの名前が「ゼニクレージー」というのもひどい。ゼニクレージーは昔の特撮番組の悪役キャラクターで、当時から金の亡者だったのだが、それがここにきて再登場したわけである。いつの時代にも金の亡者はいるが、現金主義の人と金の亡者はニュアンスが違うはずなのに、それをキャッシュレスに対してゼニクレージーというところが気にくわない。支払いが現金主義の人が金に執着しているような雰囲気を醸し出しているのがいやだ。
 先日、もしもこれからうちの老ネコを看取ったら、やりたいことがいろいろあるなあと考えた。お留守番ができない彼女のために、二十年以上我慢していた旅行もしたいし、若い頃のように、アーティストのライブにも行きたい。ロック好きだったので、「ディープ・パープル」「レッド・ツェッペリン」「グランド・ファンク・レイルロード」「ヴァン・ヘイレン」「ロッド・スチュワート」などなど、当時は外タレと呼ばれていて、彼らのライブは時間とお金が許す限り行っていた。
 チケットを郵送、あるいはチケット売り場で手渡しで入手すると、絶対なくさないようにと気をつけ、当日、会場に向かう途中でも、バッグをぎゅっと握っているのだからそんなことが起こるわけがないのに、落としていないのを何度も確認したりした。入口でもぎってもらい、手元に残った半券をとても大事にして、スクラップブックに貼り、その後も何度も見返してはライブの情景を思い出していた。帰りの電車の中で転んだなあとか、客層がアーティストによって本当に違っていたなあとか、ライブとは直接関係のない事柄も思い出したが、それも含めて自分なりにいい思い出になっている。うちの老ネコにはできるだけ長生きして欲しいけれど、その後の自分の生活の楽しみについて考えていたのである。
 そしてつい昨日、時間が自由になったら、まず行きたいと思っているアーティストのチケットは、どこで買えるのだろうかと検索してみて、私はぎょっとした。チケットを確保するのに抽選があるのはやむをえないとしても、第一段階として、スマホがないとチケットが買えない。おまけに顔写真まで登録する必要があったのだ。
 たしかに最近はライブに限らず、チケットの転売が問題になっていて、セキュリティを強化しなくてはならない事情もよくわかるが、ライブ会場の入口で、登録した顔写真の認証ができない場合、コピーではない現物の証明書を提示しなくてはならない。私は顔写真つきのIDがないので、旅行をする予定がなくても、パスポートを更新してきたが、証明できるIDがあってよかったと、その部分のみ胸を撫で下ろした。その他の提示して認められる証明書類のリストを眺めていたら、ライブを見るために、戸籍謄本・抄本や、年金手帳まで見せなくてはならず、担当の人にチケットをもぎってもらい、チケットの半券を記念に取っておいた当時とは、隔世の感があった。
 その話をつい、私にスマホを持つ利点を説明してくれる友だちにしたら、
「そうなのよ! スマホがないとお歳暮ももらえないし、好きなライブにさえ行けないのよ!」
 と力をこめて話しはじめた。そのお歳暮云々はどういうことかと聞いたら、昨年末、知り合いから彼女の元にお歳暮が届けられた。紙箱を開けてみると、カードが一枚入っていて、QRコードを読み取るようにと書いてある。そこで彼女が指示された通りにすると、お歳暮用の電子カタログの画像が登場し、そこから選んで注文するシステムになっていた。カタログが送られてきて、そこから選んで注文する方式は前からあるけれど、今はそれすらなくなってきつつあるのだった。
「そんな時代になっているから、ライブのチケットもスマホが必要なのよ」
 まずチケットを販売するサイトに会員登録して、無事、電子チケットが獲得できると、カードやコンビニなどで支払いをする。
「昔みたいに紙のチケットは送られてこなくて、このスマホがチケットがわりなのよ」
 彼女は手にしたスマホを振った。
「へええ、抽選にもれるのは仕方ないけど、購入する権利さえないっていうのは、ちょっと納得できないなあ」
 私が嘆くと、そばにいた娘さんも、
「今はまだパソコンや電話で購入できるチケットもありますけど、転売やセキュリティのチェックがもっとうるさくなって、これからはスマホでの取り扱いのみになるんじゃないでしょうか」
 という。今の四十代、五十代はスマホを使いこなしているので、彼らが六十代、七十代になっても、問題はないだろう。困っているのは意地を張って自主的に置き去り状態になっている、前期高齢者目前の私である。
「今が最後のチャンスよ。もうちょっと、もうちょっとと先延ばしにしていたら、いざスマホを使おうとしたら、指がぶるぶる震えちゃって、思うように操作できなくなるかもしれないじゃない。まだ指がちゃんと動くうちに、慣れておいたほうがいいわよ」
 再び三度、彼女にスマホを持つようにと勧められた。

 どうしてこんな世の中になってしまったのか。今の世の中はスマホを持っているのが当たり前で、そうではない人は、ポイント還元や物品を購入できる権利を放棄することになっても仕方がない。持っていないあんたが悪いという雰囲気である。私はこれまでスマホを持たなくても不都合は感じなかったけれど、今回のチケットが買えない現実を知ってからは、大企業が仕掛ける兵糧攻めに遭った気分になっている。
 スマホを持てないのではなく持とうとしない、還暦を過ぎたおばちゃんが好きなのは、演歌ばかりではない。若い人たちと変わらない音楽の趣味を持っているおばちゃんもいるのだ。こういった人間はスマホがないために、行きたいライブにさえ行けないのかと恨み言もいいたくなってくる。
 私の周辺で、スマホを持っていないのは私一人である。スマホを勧める友人によると、旅行料金にしても、スマホから購入するほうが、金額が低いという。
「残念だけど、これからはスマホが当たり前になると思うわ」
 彼女はじっと私の顔を見た。そして、
「私が買った店は、スタッフ全員がとっても親切で優しかったから、買うんだったらそこを紹介するし、一緒についていってあげる」
 といってくれた。
「ただし娘と同じ機種にしてね。私も全部娘にやってもらっているから」
「はい、全部、私が登録してさしあげますので、同じ機種にしてくださいね」
 娘さんもそういってくれる。しかし私はスマホを持っていない人間が、やりたいことができないのはどうも納得できない。心に湧いてくるのは、
「ひどい」
 のひとことである。スマホを持っている人は皆、信用できる人なのだろうか。怪しい人たちもたくさんいるような気がするが。大企業がぐるになって、私たちにうまいことをいってたくさんの物を買わせ、使わせ、個人のデータを搾取しようとしているとしか思えない。しかし、ライブを諦めることができようか。いっそ私がライブに行きたいと考えているアーティスト全員が、引退してくれれば私の気持ちも収まるのだが、向こうにも都合があるだろうからそうもいかない。それともこれまでと同じようにスマホは持たず、当然、ライブには行けず、ブルーレイ・ディスクを購入して我慢するか。
 ナビもいらないし、通話もメールもできなくていいし、タクシーが呼べなくても電子マネーが使えなくてもいい。しかしライブのチケットだけは……。私はこれまでになく深く迷いつつ、何か月か前に五十人見かけた、路上でスマホを手にしている中高年の姿を思い出し、
「あの人たちは全員、基本的にライブのチケットを買える権利を持っていたのだなあ」
 と複雑な思いになっている。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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