よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第12回 若者の衛生感覚

 先日、地下鉄の駅のホームで電車を待っていたら、リュックを背負った、お洒落に気を遣っているように見える、二十代半ばくらいの男性が歩いてきた。左手にはモバイルノート、右手にはテイクアウトをしたコーヒーの容器を持っている。私から三メートル離れたところで、そのまま立っていたのだが、きょろきょろとホームを見回しはじめた。そして遠くに目をやり、しばらく考えていたが、突然、右手に持ったコーヒーの容器をホームにじかに置いた。私がぎょっとしていると、右手が自由になった彼は、背負っていたリュックを膝の上にのせて、中から何かを取り出し、それをパンツのポケットに入れて再び背負い、そしてホームの上のコーヒーを取り上げて、何事もなかったかのようにひと口飲んだのだった。私はそれを見ながら、
(ホームに置く順位が違うのでは)
 と彼に聞きたくなった。
 もし自分が同じような状況で、リュックの中から物を出さなくてはならなくなったら、どうするかと考えた。まず彼と同じように荷物を置く場所があるかを探す。実はホームの端にベンチがひとつだけ設置してあるので、そこまで歩けば問題はない。そのときは誰もベンチには座っていなかった。都心の地下鉄とは違ってホームも短いので、遠いところまで延々と歩く距離でもない。私だったらそこまで歩いてゆっくりと荷物をベンチの上に置いて、必要なものを取り出す。そうすればこれから口にするコーヒーの容器をホームにじかに置く必要はなくなる。彼が目をやった方向はベンチがある場所なので、そこにあるのはわかったと思うが、そこまで行くのはやめたのだ。
 もし自分もベンチまで歩くのをやめたとして、その場でどう処理するかを考えると、まずモバイルノートを左脇にぐっとはさみ、左手にコーヒー容器を持ち替える。右手をフリーにした後コーヒーをこぼさないように気をつけながら、右手を使い体をくねらせながらリュックを背中からずらし、左脇のモバイルノートを落とさないように気をつける。あるいはモバイルノートを股間にはさんで固定して、リュックであっても直接ホームに置くのは憚られるので、両足の甲の上に置き、片手でリュックを開けて物を取り出してポケットに入れる。そしてその後は、モバイルノートは股間にはさんだまま、あるいは左脇にぐっとはさんだまま、また体をくねらせて背負う。右手、左手と交互に持ち替えて、手には必ずコーヒーの容器は持つ。これは鉄則ではないかと思うのだが、どうも彼は違うようなのだった。
 どうしてもホームにどれかをじかに置かなくてはならない場合、私の置く順位は、リュック、モバイルノート、コーヒー容器である。私は若い人が、これから口にするものを、駅のホームに直接置けることに驚いた。若い人たちは子供の頃から衛生観念に敏感な親に育てられ、とにかく除菌・殺菌といった環境で育てられているというイメージがあった。私が子供の頃などはひどいもので、畳の上に落としたおやつのせんべいなどは、捨てるのがもったいないから、形だけふっふと吹いてほこりを全部とばした気になって食べた。日常でも手洗いはしたけれど、除菌・殺菌などという感覚などなかったから、そういう意味でいったら、手指には相当雑菌が付着していたと思うけれど、それでも腹痛を起こした記憶はない。
 幼い頃から、そういった衛生面については厳しくいわれたであろう彼が、そういう行動をしたのはなぜなのだろう。単純に近くに置く場所がなく、ベンチのある場所まで歩くのが面倒くさかったということなのだろうが、それにしても私はこれから自分が口にするものは、不特定多数の人が歩くような場所にじかには置けない。それが平気という彼の感覚はちょっと理解できなかった。もしも彼の頭のなかで、ちょっとまずいという判断が働けば、ホームの端のベンチのところまで歩くだろう。しかしそれよりも、彼はじか置きを選んだのだ。
 そういえばあるときから、ヤンキーではなく、ごく普通に制服を着た女の子たちが、地べたに座ってお菓子を食べているのを何度も見たことがあった。それもはじめて見たときは驚いた。しゃがんでいるのではなく、べったりと座って足を投げ出しているのだ。
(あなた、スカートが汚れるのでは? それにだいたい地べたに直接座るのは、どう考えても汚いでしょう)
 心の中ではそういっても口に出して注意する勇気はないし、いったとしてもきっと、
「おばさんに迷惑をかけてますか?」
 といわれたら何もいい返せないので、困ったものだと思いながら、通り過ぎるしかなかった。ヤンキーはお尻を浮かせた状態で、ただしゃがんでいるだけだが、彼女たちはべったりお尻をつけて座っているので、より衛生面では問題だった。彼女たちの「きれい」「汚い」の判断がどうなっているのか、よくわからなかった。
 それを何度も目撃してからの、彼の行動である。
「本当にどうなってるのか」
 と聞きたいくらいだ。彼にとっては身につけているどれかをホームにじか置きしなくてはならない状態になり、いちばん置いてもよいと判断したのは、コーヒー容器だったわけである。リュックもモバイルノートはそれよりも置きたくない。値段の順番だったらいちばん安いコーヒーが置かれるのは仕方がないのかもしれないが、口をつけるものだし、それでもいいのだろうか。口をつける部分は直接、ホームに触れているわけではないので、衛生面には関係ない、という反論も考えられるが、私の感覚ではほこりやらウイルスやら、種々雑多なよくないものは、足元に近い部分にはたくさん沈殿、浮遊しているような気がする。しかし彼の頭にはそういう考えはなかったのだろう。ただ手にしている容器があると不便なので、単純に下に置いただけなのか。リュックやモバイルノートは直接口をつけるものじゃないのだから、最悪の場合は下に置いて、あとできれいに除菌シートみたいなもので拭けばいいじゃないかと私は考えるのだが、彼はそうしなかったのだった。コーヒー容器のホームじか置きは、衝撃だった。

 そして昨日、電車に乗っていたら、大きなリュックを背負った大学生くらいの若者が、比較的大きめの平たい密閉容器を手にして乗ってきた。そして私の隣に立って、リュックのポケットから割り箸を出したかと思ったら、密閉容器にはめていたオレンジ色のゴムバンドをはずした。何をするのかなと何気なく見ていたら、彼は容器の蓋を開けて中にあるものを、口の中にかき込みはじめたのである。
(えっ、食べてる? ここで? 何を?)
 私の頭の中にはそんな言葉が次々に浮かんできたが、じっと見ては悪いと気が咎めたので、何となーく遠くを見るふりをして、横目で観察していた。
 密閉容器に入っていたのは、チャーハンだった。それも彩りが悪いので冷凍食品を解凍したものではない。全体的に茶色で、密閉容器から透けて見えたのと、彼が箸でつまんだものを見ていたら、玉ねぎと少量の人参、それとピンクのふちどりのあるかまぼこを細かく切ったものとわかった。どうやらそれらと御飯を炒めて、醤油で味付けをしたようだった。
 もしも彼が自分で作ったのなら、それは褒めてあげたいけれど、
(あなた、それを電車内で食べますか)
 である。座席に座ってではなく、ずっと立ったまま食べていたのは、いちおう彼にも恥じらいがあったのかもしれない。私は何年か前に、親と一緒に電車に乗っていた小学生の子供が、座席に腹這いになって、イカめしを食べているのを目撃したことがあったので、よほどのことでないと驚かないが、この若者にも結構、驚いた。
 電車の中は相当空気が悪いはずだ。ましてやインフルエンザの注意報が出てノロウイルスが蔓延していた時期である。若いきれいな女性が、マスクをせずにずっと咳をし続けていたら、彼女の隣に誰も座らないのを目撃した頃でもあった。感染を避けたい人はマスクをつけて予防したり、咳が出る人はマナーとしてマスクをつけている。しかしなかには、げほげほとひどい咳をしているのにもかかわらず、マスクをしていないおやじもいて、周囲の人から冷たい目で見られていた。晴れた日は光線の具合で、車内の無数のほこりが動いているのが見える。あまりの空気の汚さにぎょっとする。きっと目には見えないけれども、様々なウイルスが浮遊しているに違いない。
 ウイルスは口から入っても、胃まで流し込めば胃酸でやられてしまうという話もあるが、そんなウイルス感染警報が出ているなかでの、彼の堂々たる飲食。ある意味、強者かもしれない。しかしである。若い人たちの衛生観念はいったいどうなっているのか。それとも二人とも過度の衛生観念に反対する主義の親に、いちいち細かいことは気にしなくてよいという方針で育てられたのだろうか。
 今の若者はある部分では神経質すぎるほど潔癖なのに、ある部分ではとても無頓着で鈍感。それに自身の危機管理に関してもとても甘い。気にしすぎるのも問題だが、なぜか自分は大丈夫という、妙な自信を持ちすぎている。それでも私には何の被害も及んでいないし、もしもそれで彼らが腹を下したり、体調が悪くなったとしても、個人的な問題だが、おばちゃんとしてはやっぱり気になる。いったい彼らは何を考えているのか、私にはよくわからない出来事ばかりなのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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